アクセルグリップ握りしめ

オフロードバイク、セローと共に成長していく、初心者ライダー奮闘記

ある雨上がりの朝に

「明日はお昼はどうするの?」

土曜日の夕飯時。

息子のタロウ(仮名)が鶏の竜田揚げを頬張りながら聞いてきました。

何か予定があって別々に食べるのか、用意してくれるのか、はたまた自分が作っておいた方がいいのか。予めハッキリさせておかないと、自身のスケジュールにも影響してくるからでしょう。

「あ~…明日さ。私、久々にバイクに乗ろうと思うんだ」

私が言うと、ふぅん、と軽く応えます。

「あ、お昼までには帰って来るつもり。帰って来たらご飯作るよ。もっとも…」

天気予報を見ながら私が続けます。

「今晩から明日朝にかけて雨みたいだから、あまり早くからは出られないかもしれないけれど」

「ん? だったら午後から出れば良くね?」

タロウのもっとな指摘に口を尖らせます。

「えぇ~? ツーリングは朝イチから出るのがいいんじゃん。空気も綺麗で道も空いてるし。はいそこ、『知らんがな』って顔しない!」

「いや知らんがな」

言っちゃってるし。

ともあれ、久々のソロツーリングを決行する事にしたのでした。

 

 

翌朝、朝食を用意してバイク装備を準備していると、起きてきた息子がモソモソと朝ごはんを食べながら「行ってらっしゃ~い」と手を振りました。

「うん、行ってきまーす」

笑顔で応えて玄関扉を開きます。

 

 

キーを回してセローのエンジン音を耳にすると、自然と、ツーリングのボルテージが上がってきます。

走り始めると初夏の風を感じました。

肌寒いかと重ね着してきましたが、むしろ暑さを感じるくらいでした。ジャケットのチャックを胸元にまで下ろします。

緑の深まりを感じながら、木々の葉っぱを眺めて走ります。

明け方近くまで降っていた雨も今はすっかり上がり、青空を見せています。一晩降った雨により空気も澄んで、景色も綺麗に見渡せました。

 

 

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目的地としていた公園には、一時間弱で着きました。

公園内を軽く散策し、本を広げて読書に耽ります。

 

 

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「あっ、コラ!」

男性の嗜める声がしたかと思うと、足元に小型のチワワがすり寄って来ました。

「あら~、こんにちは」

可愛さに顔を綻ばせながら挨拶しましたが、チワワは私と目が合うと後ずさりし、飼い主の元へと駆け戻って行きました。

「すみません」

飼い主さんが会釈してくれたので、「いえいえ」と笑いながら応えて本に目を戻します。

 

 

外の風を感じながら本を読む時間も、これはこれで贅沢だなぁと思いました。

 

ここ数日、図書館から借りてきた本を家でひっそり読むばかりの日常を送っていました。

元々本を読むのは好きでしたが、体調を崩した事と経済的な理由もあり、そのくらいの趣味しか自分には『許されない』と思い込んでいたのです。

ですが、風も日差しも受けずただただ屋内で過ごす日常は、自身の健康上かえってよろしくないのではと判断し、思い切ってバイクで出掛ける事にしたのです。

 

「よっし!」

本を閉じると、大きく伸びをして深呼吸します。

お昼ご飯を作るなら、そろそろ帰らなければなりません。

 

 

帰り道、自分でも慎重すぎると感じるほどに、安全運転を心掛けました。

神経を尖らせすぎて、逆に疲れてしまうのではないかと感じるほどです。だけどそれ程に私は、『無事に帰りたい』という思いが強かったのです。

 

息子との二人暮しになって約5ヶ月。

自発的にツーリングに出たのは今回が初めてでした。お誘いいただいたツーリングは何件かありましたが、悪天候により流れたり、スケジュールが合わず残念ながらお断りしたものばかりで結局機会に恵まれませんでした。

でも何よりも、私自身にツーリング意欲がなくなっていたのです。

 

あの時。

「お母さんと一緒に行く」

と言ってくれた息子に私は嬉しく感じながらも、でも私と来たら、経済的に苦労させてしまうかもしれない、と息子を諭してしまったくらいです。

案の定二人暮らしになってからは、趣味に興じる時間も金銭的余裕もなく、日々の生活と仕事に追われ、心身にも時間にも余裕がなくなってしまいました。

 

それでも。

 

 

帰ろうと思える家がある。

無事帰りたいと思える家族がいる。

 

 

それは当たり前の事なのかもしれません。

でもそれがどれ程幸せな事なのか。今なら心から実感出来ます。

以前の私にとってそれは、とても難しい事だったからです。

 

 

家にいるのが辛かった。

帰らなければいけない家が、そこしかないのが辛くて苦しくて仕方なかったのです。

 

 

羽目の外し方すら知らずに生きてきた私にとって、バイクとの出逢いは運命的とも言えました。

家にいなくていい理由付けをするように、休日の度、バイクであちこちを走り回りました。

息子はそんな私に、「バイクで出掛けておいでよ」とこっそり、でも快く送り出してくれました。それが私の唯一の憂さ晴らしである事に気付いていたのかもしれません。

ですがそれは、『現実逃避』以外の何ものでもなかったのです。

 

 

バイクが好きなら、きちんと現実に即してバイクを楽しみたい──。

自分の歪んだ日常を質さなくては。

そう決意したのは一年ほど前の事でした。

 

 

自分の決意を切り出した時。

「お母さんと一緒に行く」

と言い切った息子は、

「貧乏でも大丈夫だよ! 二人で頑張ろう」

と私を励ましてくれました。

泣き崩れる私を息子が抱き締めてくれました。

息子の身長は、私のそれを20cmも上回っていたのです。

いつの間にこんなに大きくなっていたんだろう。私の両腕に、すっぽり収まっていたというのに。

 

 

家事はお互い出来る範囲で、不満があればきちんと話し合う、お金と時間の取り決めはきっちり守る等、二人での生活に新たな取り決めをしました。

仕事から疲れて帰って来ると、「おかえり~」とキッチンから菜箸片手に出迎え和ませてくれます。

最近では料理の腕前も上がり、揚げ物なんて私より上手に出来るのではないかと思うほどです。

 

 

 

そんな息子を大事に思うほどに、バイクに乗るのが怖くなっていきました。

好奇心旺盛で学ぶことが大好きな息子は、大学進学を望んでいます。まだまだ親の庇護が必要なのです。でも、頼れる肉親は、たった一人。私だけなのです。

その現実に押しつぶされそうになります。

 

私に何かあったらどうしよう?

この子を天涯孤独にしてしまったらどうしよう?

 

その想いは次第に恐怖心となり、私をバイクから遠ざけてしまっていました。バイクは危険と隣り合わせの乗り物だからです。

 

 

家庭内のトラブルと仕事の多忙が続き、ついには心労により体調を崩してしまいます。

「あんたは真面目すぎるんだよ! そんなんだからつけ込まれたんでしょ」

そんな私を友達が叱責しました。

「楽しんでいいんだよ! 息子さんだって心配してるんでしょう? 何も贅沢三昧しろって言ってるんじゃないよ、でも日常に楽しみがなきゃ。そりゃ、辛くもなるよ」

 

 

楽しむ。

バイクに乗る原点となったその感覚を何故か私は忘れていました。

 

 

「ただいま~」

玄関の扉を開けると息子が、「おかえり」と部屋から出てきてくれます。私からハグしようとすると、「うっわ、ウゼェ」と逃げられました。

「今ご飯作るからね~」

手を洗いながらそう言うと、「ほーい」と応えて自室に引き上げていきます。

 

 

包丁片手に、

──あぁ、楽しいなぁ。

と感じました。

刺激的でも独創的でもない、ロンツーですらない近場のソロツーリング。

でも大切な人からの、「行ってらっしゃい」と「おかえりなさい」がちゃんとある。

 

私には私の、日常に則したツーリングの在り方があるのかもしれません。

 

これからもそれを、ゆっくりと時間をかけて模索していきたいです。

富士林道ツーリング~後編

ダートを抜けてコンビニに停車すると、トシさんが「また水買わなきゃ」と降車しました。

「もぉ、せっかく用意してたのにぁ」とボヤくトシさんに、軽く笑ってしまいます。

ダート途中でトシさんの積載からペットボトルが落下し、蓋が開いて中の水が全てこぼれてしまったのです。

ダートでの振動は想像以上なのかもしれません。

 

 

休憩を終え出発です。

舗装路を伸びやかに走り抜けていると、富士山が姿を現しました。

「わぁ~今日は富士山が綺麗だね~」

インカム越しにヨシさんに言うと、

「そうだね~。雪を被ってるから尚のこと綺麗に見えるね」

と応えます。

 

 

と。

前方のお二人が減速し、ウィンカーを出して左折します。

「え」

そして唐突に砂利道へと突入しました。

今日のダートは先程のどフラットで終わりなのだと思い込んでいた私は、一気に緊張してしまいます。

「ここ…怖いかも。てか怖い!」

「だ、大丈夫?」

すっかり気を緩めていたのもあり、その砂利道の凹凸が余計怖く感じられます。

立ち乗りになりバランスを取りますが、砂利で後輪が滑ってしまい更に焦りました。

進んでいくともっと荒れており、ぬかるみや水溜まりもあります。

タイヤが取られて転倒してしまうイメージが沸き起こり、思わず停まってしまいそうになりました。

ですが、前方を走る総監督は座り姿勢のまま淡々とそこを進んでいます。

 

『今度、総監督の後ろを走ってみたら勉強になるかもしれませんよ』

 

前回の箱根ツーリングの後、こうちゃんさんから言われていました。

確かに、同じ女性である総監督の走りは私にとってとても励みになります。

総監督は派手なジャンプやフロントアップは勿論、立ち乗りすらしていません。それが総監督特有の走り方らしいのですが、そうやって座り姿勢でもバランスを取りながら進めるという事実が、私でも走れるのかもと徐々に思えるようになりました。

 

 

ガレ場を抜けて拓けた所に出ると、バイクを停車させました。

Kさんが降車し、ヘルメットのシールドを開けながら話し掛けて来ます。

こじかさん、大丈夫~?」

「あはは、もぉギリギリです!」

私はありのままを答えました。本当はここで『大丈夫です』と笑いたいところなのですが、見栄を張っても仕方ありません。

Kさんは初参加のヨシさんにも聞きに行っていましたが、

「ヨシさんは…まぁ大丈夫ですよね?」

と言い、ヨシさんも笑いながら

「えぇ~? いえいえ」

と答えていました。

 

 

こじかさん、さっき滑ってましたよね?」

トシさんから聞かれます。見られてたんだ、と少し恥ずかしくなりました。

「えぇ、はい…」

転ばなくて本当に良かったです。

「あ、そうそう! 私林道ではマイペースに走っちゃうんで、もし遅かったら抜かしてくださいね」

「いえいえ、大丈夫ですよ」

トシさんが言ってくれました。

 

 

ひと息ついて、出発です。

「この先はずっとアップダウンが続くから」

Kさんが言っていたように、結構な傾斜で上りと下りを繰り返します。

ですがガレてなく陥没もなかったので、ゆったりとした気持ちで進む事が出来ました。道幅もあります。

「富士山綺麗!」

「ホントだね~」

 

 

 

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富士山をバックに、すすきが風で揺れています。

ゆったりと林道を走りながら眺める富士山は格別でした。

私がそう言うと、

「ホントだね~。いい道を案内してもらってるよね」

「うん。こういう林道って、教えてもらわないと分からないから。ホントに有難い」

「そうだね~」

 

 

 

Kさんと総監督が交互に先導を交代し、先導を取らなかった方が後ろにまわって全体を見て走っています。特に私や、初参加のヨシさんの走りを気にかけて下さっているようでした。

その様子を見たヨシさんが、

「すごい連携だなぁ」

「うん、そうなの。めっちゃカッコイイよね」

「信頼し合っている感じだね~。参加してる俺もすごく安心出来る」

ヨシさんがそう感じてくれた事に、私も嬉しくなりました。

 

 

お昼ご飯はジンギスカンを食べました。

 

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熱々のジンギスカンが、冷えた身体に心地よく染み渡ります。

 

食後、軽くダートを抜けて森に入ります。

そこで各自持参して来たハンモックを設置し、ハンモック休憩です。

 

「え、なんで皆ハンモック持ってるの…?」

総監督の言葉に皆で笑い出します。

総監督とヨシさん以外の全員がハンモックを持って来ていたのです。

 

 

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「あはは、確かに。なんか異様な光景ですよね」

お湯を沸かしてコーヒーを淹れて飲んだ後、ハンモックで横になりました。

全員で色んな話もします。

 

 

 

「じゃあお気を付けて。ヨシさんも是非また参加してくださいね」

「はーい、ありがとうございます」

「今日はありがとうございました」

 

 

手を振って別れます。

「あたたかい人達だったね」

インカム越しに、ヨシさんがそう言いました。

「うん、そうなの~」

「ちうさんがいいバイク仲間に恵まれてホントに良かったよ」

まるで保護者のような口ぶりに、「ありがとね」と返しながら少し笑ってしまいました。

前回私が箱根林道ツーリングに参加すると伝えた時、

『大丈夫かなぁ? また変な人達じゃないといいけど…』

と心配してくれていたのです。

今日皆さんにお会いし実際一緒に走ってみて、ヨシさんは心から安心したようでした。

 

 

「私ね、Kさんが…」

切り出してみたものの、自分の心境をどう語り出したらいいか分からず口を噤んでしまいます。

「…うん?」

少しだけ考えて自分の考えを纏めます。

「私の、『バイクを傷つけたくない』って主張は、オフ車界隈では甘えとか我儘とか言われちゃうでしょう? Kさんが、そんな私の主張を尊重して受け入れてくれたのが、すごく嬉しかったんだ」

「うん」

 

 

私にとってセローは、私の生涯唯一の贅沢品なのです。

他の何ものをも手に入れられなくとも、多くのものを失っても。

私の元に来てくれた、私に許された、たった一つの贅沢品。

 

セローは決して高級車ではありません。

大型車でもレアな車種でもありませんし、私の車種は最新モデルですらありません。

量販されている、むしろ手頃なオフロードバイクです。

私にはそれが精一杯でした。

 

──正直。

バイクを複数台持ち、用途によって乗り分けしている人や、次々買い替えられる人を羨んだりした時期もありました。

 

でも、セローはどんな道でも頼もしく走ってくれました。

私にとって唯一無二の相棒なのです。

もし、セローのエンジンが動かなくなったなら。

それは、私が走れなくなる時なのかもしれません。

 

 

だからこそ、セローが走れる所ならどこへでも行きたいと思いました。

一緒にどこまでも走り、風を切り、光を浴び、色んな景色を目にしたいと。

 

 

色んな道を、いっぱいいっぱい一緒に走りたい。

セローを大切にし続けたい。

 

 

相反するようなこの二つの感情は、どちらも譲り合う事なく私の中に融合し続けてきたのです。

 

 

──ありがとう。

 

セローのボディにそっと触れると、乾いた泥汚れでザラついていました。

「あはっ、帰ったら今日も念入りに洗車だな~」

私が笑うと、

「お、相変わらずだねぇ」

ヨシさんが笑い返しました。

富士林道ツーリング~前編

10月後半の日曜日。

 

寒い寒いと言いながら集合場所に到着した私とヨシさんは、

「さすがにまだ誰も来てないね~」

と言いながらバイクを停めました。

集合時間の40分も前に着いたのです。

「俺ちょっと、トイレに行ってくるわ」

「あ、うん」

 

ヨシさんがトイレへと歩き去りほどなくすると、2台のオフロードバイクが隣に入って来ます。

「おはようございまーす」

ヘルメットを脱いだお二人に挨拶すると、

「お~、おはよう」

「おはようございます」

と返してくれました。

静岡林道ツーリングのKさんと総監督です。

 

 

 

↓  『生まれいづるおののき~箱根林道ツーリング』

 

https://qmomiji.hatenablog.com/entry/2021/10/03/195612

 

 

今日は寒いですねぇと世間話をしていると、ヨシさんがトイレから戻って来ました。

「初めまして、ヨシと申します」

今日はよろしくお願いしますとぺこりと頭を下げます。

Kさんと総監督も、「こちらこそよろしくお願いします」と返し、軽く自己紹介し合いました。

 

 

前回の箱根林道ツーリングに参加した際Kさんから、

こじかさんは普段誰と走ってるの?」

と質問され、私は当然のようにヨシさんの名前を上げたのです。

「じゃあ今度良かったら、そのお友達も誘っておいで」

と言って下さいました。

ヨシさんにはちょっと遠いしどうかなぁと思いながら伝えてみたところ、それは是非とも参加してみたいと返ってきたのです。

ヨシさんはセローを買ってまだ3ヶ月。

新しく得たオフロードバイクに気持ちが昂っているというのに、林道の情報は中々得られず、私では案内出来る所もない為、そうしたお誘いは私にとってもとても有難く感じました。

 

 

バイクのエンジン音と共に、更に2台のオフロードバイクがやって来ました。

セロンさんとトシさんです。

ヨシさんがお二人にも挨拶をしに行きました。

「お~、俺とバイク一緒ですね」

「あ、ホントですね~」

セロンさんの言葉にヨシさんが応えます。

そう、セロンさんとヨシさんは二人ともセローのファイナルエディション。カラーも同じ赤で、しかも2台ともツーリングセローでした。

しかも。

 

「あれ? ウェアも一緒じゃない?」

「あ! ほんとですね」

なんと、お二人のウェアも全く一緒だったのです。

「マジですか~。こんな事ってあるんですね~」

笑いながらセロンさんとヨシさんを見比べる私。

 

 

「どうも、初めまして」

もう一人の男性、トシさんが声を掛けて下さいます。

「あ、初めまして~。トシさんですね?」

トシさんとは初対面ですが、LINEではたくさん会話を交わしていました。

「はい。コジマさんですね?」

こじかですっ!」

某お笑い芸人のネタをオマージュしたやり取りを、過去何度かLINEで重ねていたので、リアルでもすかさずツッコミを入れます。

ひとしきり笑い合いました。

 

 

「どうも~。今日はよろしくお願いします」

「あ、こうちゃんさん。今日はよろしくお願いします」

本日の参加者が全員揃ったのを確認し、出発です。

 

 

Kさんと総監督が走り出したので、私もその後に続き走り出しました。

ヨシさんとはインカムが繋がったままですが、他の皆さんとは前回同様、インカムを繋げませんでした。

「あっ。私この走り順で良かったのかな?」

もしこのまま林道に入った場合、私のペースが遅くて後ろが詰まっちゃうのではないかと思ったのです。

「ん~…大丈夫じゃない?」

「ヨシさんは今、どの位置で走ってるの?」

「ちうさんの、後ろの後ろ」

バックミラーで確認すると、私の後ろはトシさんでした。

「なるほど。じゃあ、後ろから見ててなんか気付いた事あったら教えて」

「了解~」

 

 

大きな通りを折れ、長閑な道へと入ります。

「おぉ~、すごい綺麗!」

「ホントだ」

すすきがとても綺麗でした。

向こうの山々も鮮やかに見渡せます。

「ていうかこの道、ちうさん一緒に走ったことあるよ」

「え、そうだっけ?」

ヨシさんのセリフに首を傾げます。

こんな絶景、目にしたら忘れるかなぁと疑問に思ったのです。

「そう。その時は雨が降ってたからこんな綺麗な景色じゃなかったけど」

「あぁ…なるほどね」

雨男のヨシさんとツーリングすると、雨に見舞われることがしょっちゅうなのです。

お陰で、雨対策万全でツーリングに出る習慣もつき多少の雨でもたじろぐ事がなくなりました。

ですが、景色ばかりはどうしようもありません。

 

 

交差点を折れ、未舗装路が始まります。

「え! こんな所から入れたんだ? 俺、ここ入るの初めてだよ」

この辺りへ何度かツーリングに来ているらしきヨシさんが、「こんな身近なところに」と興奮しています。

 

 

私はというと。

唐突に始まったオフロードに身体をこわばらせました。

 

 

「あ、でも。ホントにどフラットだね」

ホッとしながら肩の力を抜きます。

路面は砂利ではなく土でしたが、硬く踏み固められており、ぬかるんで滑る心配もなさそうでした。

「ここいいね~。林道初心者に最適だよ」

「うん、ここなら安心して走れる」

土の上でしたが、千里浜なぎさドライブウェイのような安心感がありました。

景色も綺麗です。

 

 

 

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と。

Kさんが立ち乗り姿勢で両腕を広げます。

「えぇ!?」

「ど、どうしたちうさん?」

「Kさんが」

勿論、Kさんの両手はハンドルから離れています。その状態でも、バイクが倒れることなく進んでいるのです。

「す、凄い…」

ヨシさんもそれに気付いて感嘆します。

 

 

いくらフラットとは言え、凹凸もカーブもあります。

立ち乗り姿勢で両手放し運転をし、身体が投げ出されないのが私には不思議でした。

 

「きっと、すごい体幹なんだろうね」

「うん、やっぱり鍛えられてるんだろうなぁ」

 

 

木漏れ陽を受け両腕を広げて走るKさんはとても気持ち良さそうです。

それを眺めていると、私も徐々に開放的な気持ちになっていったのでした。

オフ車ならでは~御荷鉾林道ツーリング 完結

霧の中──。

過去何度か走った、御荷鉾林道のダートを走り切ります。

霧のせいで視界も悪く、前日の雨で多少ぬかるんではいましたが、タイヤが取られることもなく落ち着いて走り抜ける事が出来ました。

 

 

舗装路に出ると坂を上り、御荷鉾山展望台へと向かいます。

 

 

 

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「分かってはいたけれど、景色が全然見えないね…」

晴れていたなら絶景が見えるはずの展望台も、霧のせいで全くそれが望めません。

「まぁこの霧だし仕方ない」

荷物を解いてお昼ご飯です。

 

 

「ヨシさんの分、先にお湯沸かしていいよ~」

私のバーナーを差し出しながら言いました。

「あ、ありがとう。これどう使うんだっけ?」

組み立て方を伝えるとヨシさんはお湯を沸かし、自身のカップラーメンに注ぎました。

その向かいであきにゃんさんはカレーうどんを作り、ともさんはお握りを頬張っています。

 

考えてみれば不思議です。

オンロードツーリングでは美味しいお店を巡るのに、林道ツーリングでは大抵皆、インスタントラーメンやお握り等、簡素な食事のみで済ませます。

これで満足感が得られるのですから、とても経済的かつシンプルなツーリングなのかもしれません。

 

ヨシさんのお湯が沸いた後、私の分も沸かして注ぎます。

 

 

「午後からは、もう一つのダートに行ってみようと思います」

あきにゃんさんが言いました。

「あ、今まで行ってなかった方のやつですか?」

「はい」

先程走ってきたダートはとてもフラットなので過去何度も走って来たのですが、もう一つのダートは天候により道が荒れてしまい、『ちうさんにはまだ無理』と言われ、走った事がなかったのです。

 

「え、でも私大丈夫なんでしょうか…」

不安に思いそう訊ねます。

『無理』と言われた時代から、自分が上達したとは到底思えないのです。

「多分大丈夫です。あそこの道、最近ようやく整備されたらしいんで」

「あ、そうなんですか?」

「はい、だから行ってみようかと」

 

 

いつもツーリング先で食べるカップラーメンはとても美味しく感じるのですが、珍しく途中から喉を通らない感覚でした。

 

あれ?

と思いましたが、なるほど私は緊張しているんだなぁと納得します。

初めて走るダートへ今から入るというだけで、未だこんなに緊張してしまうのです。

いつになったらこの感覚に慣れるのかなぁ、とちょっと不安になりました。

 

 

 

「すみませんっ、 無理です! 引き返してもいいですか!?」

叫ぶように私が聞きます。

 

もう一つのダートに入り、陥没と轍とゴロゴロの石とに進み続けるのが怖くなったのです。

 

事前に言われていた、『無理そうだったら引き返しましょう』とのあきにゃんさんの言葉に、縋り付く思いでした。

「あ、無理ですか? じゃあ分かりました」

でもここだとUターンが難しいから、もう少し進んだ先で引き返しましょうとあきにゃんさんが言ってくれます。

 

正直、もう少し進むのも引き返してここをまた走るのも怖かったのですが、そのくらいは頑張らないとと走り進めます。

 

「あれ? でもこの辺りはフラットですね」

少し進んだ先で、あきにゃんさんがそう言います。

 

確かに、土砂や石が端に積み上げられており、フラットになっていました。

「あ、ホントだ。荒れていたのはあのエリアだけだったんですかね?」

そうなのだとしたらこのまま進もうという事になります。

 

 

その後は私でも走れるくらい、平坦なダートでした。

「あぁ~良かった。このくらいなら楽しめます」

私が言うと、あきにゃんさんとヨシさんから笑い声が起こります。

 

 

前方を走るあきにゃんさんのバイクが滑りました。

「おわっ! 滑りました」

「大丈夫ですか~?」

余裕ぶって質問した私も、同じ箇所で横滑りします。つるんとした感覚にヒヤッとしました。

幸い私もあきにゃんさんも転倒せずに済みました。

「お二人とも大丈夫ですか? 落ち葉が濡れてるんで…おわーっ!!」

後方を走るヨシさんからも悲鳴が上がります。

「だ、大丈夫?」

「うん、滑った」

どうやら皆で仲良く滑ったようです。

「後ろのともさんは平気かな?」

私が聞くと、

「転倒はしてないようだよ。でも、案外『前の三人滑ってるなぁ』って思ってたりして」

ヨシさんの言葉に笑ってしまいました。

 

 

ダートを抜けるとホッとひと息吐きます。

私にとっては結構な難易度でしたが、これでもまだまだ『初級レベル』なのでしょう。

 

 

 

舗装路の長い峠道を抜けると、ようやく里に下りてきました。

道の駅で停車し降車すると、

「いやぁ~大冒険でしたね!」

「ホントに!」

と笑い合います。

そうして4台のバイクが泥だらけになっているのを確認し、また4人で笑い合いました。

 

 

「じゃあお気を付けて!」

「はい、今日はホントにありがとうございました」

 

 

私だけ高速を使って帰らないと無理な距離だったので、あきにゃんさんとともさんに手を振って別れました。

ヨシさんは近くのコイン洗車場まで付き合ってくれます。

高速に乗るのに、こんな泥だらけのバイクでは恥ずかしいと私が言ったからです。

 

 

「楽しかったね~」

ヨシさんの言葉に大きく同意します。

「何より、あのダートをちゃんと走りきった事でまた少しだけ自信が持てた」

「そっか、それは良かった」

 

 

 

「いい? 行っくよ~!」

「はーい」

放射される高圧洗浄の水流を受け、セローにこびりついていた泥汚れがたちまち流れ落ちていきます。

 

それを見て、あぁ泥まみれで遊んだんだなぁとほんわかしました。

 

グルメもファッションもそっちのけで遊び回るツーリング。

それはオフ車ならではの楽しみ方なのかもしれません。

馴染みダートの別の顔~御荷鉾林道ツーリング②

国道254号線を走り進めます。

 

陽が高くなって来る時間帯ですが、空はどんより曇っており気温もさほど上がりません。

「今日は天気大丈夫ですかね~?」

暗い空を見上げながら私が言うと、

「一応、降らない予報ではありましたが」

あきにゃんさんが応えました。

確かに、予報では降水確率10%以下でした。

「確かに。でもこの3人ですし、どうなるんでしょう」

私が言うと、ヨシさんとあきにゃんさんから笑い声が起こります。

 

 

去年の夏、軽井沢へのツーリングで土砂降りに見舞われたのです。

 

 

 

↓『清涼の地~軽井沢ツーリング』

 

https://qmomiji.hatenablog.com/entry/2020/09/19/074657

 

 

「あきにゃんさんと一緒だから、今日はカッパ持って来ましたよ」

ヨシさんのセリフに、

「あ、私も~。突然の大雨にも対処出来るよう、ちゃんと上下で持って来ました」

私もかぶせます。

「あはは…」

あきにゃんさんは静かに笑うばかりでした。

 

 

ですが。

この日は大雨にこそ見舞われませんでしたが、それに匹敵するほどの悪条件となったのです。

 

 

 

「あ、霧が」

「ホントだ~」

 

 

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秩父牧場に着く頃には、辺りが白い靄に包まれ始めました。

山を上がってきたので気温も低くなっています。

「景色が全然見えませんね~」

降車してヘルメットを脱いだともさんも、そう言いながら丘を見下ろしました。

 

 

今日の御荷鉾山は霧が濃いかも…。

 

 

その時私がそう考えたように、御荷鉾山に近付くほどに霧が深くなっていきます。

「視界が悪いなぁ」

「ホントにね…うわっ、急に穴が」

御荷鉾山の峠道を上がっていきます。

舗装路ですが、あちこちに大きな陥没やひび割れ、落石があり、避けて通らないと転倒の危険性もあるのです。

視界の良好な時ならば何の問題もないのですが、今日は霧のせいで反応が遅れがちです。

 

ところが。

「まぁしばらくは、こんな単調な道が続きます」

あきにゃんさんのセリフに、

「いやいやいや! これのどこが単調ですか」

「こんな視界の悪い峠道を単調だなんて到底思えないですよ、私は」

私とヨシさんから総ツッコミが入ります。

「あきにゃんさんは、やっぱりやんちゃ系ですよね」

「え、そうですかね?」

 

 

高速道路でもない限り、道が単調だと感じた事も無い私はあきにゃんさんの発想に驚かされます。

でも確かにここは、同じような道幅とカーブが続くのです。

対向車も後続車も滅多に来ません。私にとっては走りやすい峠道ですが、慣れた人にとっては単調だと感じるのかもしれません。

 

 

「ねぇ…。なんかさ」

走り進めながら、私が切り出します。

「私のシールドが白く曇って来てるんだけど…」

「え、そうなの?」

ヨシさんが聞いてきます。

「うん。おかしいなぁ、撥水剤も曇止めも塗布して来てるのに」

ヘルメットシールドの表側に撥水剤、内側に曇止めを塗って来ていました。

「霧雨が降ってるからでしょうね」

あきにゃんさんが言うとヨシさんも、

「うん。水滴が細かすぎて、撥水されてかないのかも。あ、俺のも曇ってきた」

と言いました。

 

「なんか…。ちうさんと御荷鉾に来るといっつも霧が濃い気がするんですが」

あきにゃんさんから言われてしまいます。

「えぇっ!? 私?」

確かに、以前あきにゃんさんと来た時にも先が見えない程の霧に見舞われたのです。

「あ、でもでも。前回二人で来た時には晴れてたじゃないですか」

「あ~、でしたっけ。でもその前来た時が酷い霧だったので」

「でしたね~。あの時はあきにゃんさんがハザード焚いて走ってくれたのでなんとかなったんでした」

 

 

そんな会話をしている最中も、どんどんシールドが白くなっていきます。

やむを得ずシールドを全開にしました。

 

 

いよいよダートに入ろうという場所で、バイクを停めて私とヨシさんがタイヤのエアを抜きます。

「いや~、寒いですねぇ」

降車したともさんがそう言って両肩をさすります。

「ですねぇ。やっぱり山の上は気温下がりましたよね」

「でもこれからオフロードなので、暑くなるかもしれないですね」

ヨシさんがそう言い、

「よし! 今日こそ、ちうさんに置いてかれないよう頑張らなきゃ」

と続けました。

「え、ちうさんてお速いんですか?」

ともさんが目を丸くして聞いてきます。

「いやいやいやっ、ぜんっぜん遅いですよ。いつもマイペースでゆっくり走ってるので」

慌てて答えた後、

「もう! ホントに辞めてよね、そういう事言うの!!」

ヨシさんに声を荒らげました。

「私がどれだけ怖がりながら走ってるか知ってるでしょ」

「あぁ、ごめんごめん」

笑いながら謝られました。

 

ヨシさんにとっては軽い冗談のつもりなのでしょうし、実際そこまで目くじら立てる程のことでもないのかもしれません。

でも、特にオフロードにおいては、一緒に走る人のレベルに誤った認識を持ってしまうと危険なのです。

安全に走りきる為にも、ノリや脚色なく自分の力量は仲間に正確に明かすべきべきだと思いました。

 

 

「では、準備はいいですか?」

あきにゃんさんが、引率の先生よろしく問い掛けて来たので、

「はーい」

「オッケーでーす」

私とヨシさんはインカムを通して返事をします。

最後尾のともさんも準備が完了したのを確認し、バイクを走らせました。

 

 

相変わらずの走りやすいダート。

ですが今日は深い霧が立ち込めています。雨上がりの為路面も悪く、水溜まりもあちこちにありました。

「曇ってるせいで先が見えない」

ヨシさんのセリフに、

「うん、霧で見えにくいよね。私も前を走るあきにゃんさんのテールランプがないと…。あれ? あきにゃんさん?」

「どうした、ちうさん?」

「あきにゃんさんのテールランプがない! ヤバい、ちぎられた!」

途端にパニックに。

私達の会話を聞いていたらしきあきにゃんさんが、前方で速度を落とし待っててくれました。

その後ろ姿がどことなく、苦笑しているような気がします。

「あ、待っててくれてありがとうございまーす」

 

 

 

いつものダートも、ほんの少し気候が変わると全く別の顔を見せてきます。

 

決して驕らず油断せず、だけど恐怖に捉われすぎず。

慎重に入念に、そして楽しく。

私達のツーリングはまだまだ続きます。

回復祝いに大冒険~御荷鉾林道ツーリング①

インターを降りて待ち合わせ場所に到着すると、駐輪されている一台のオフロードバイクが目に止まりました。

 

あ、もしやあの人かな?

 

そう思いつつも、もし声を掛けて違ったら恥ずかしいので、少し離れた所に駐輪します。

降車してヘルメットを外していると、真隣に赤いセローが滑り込んで来ました。

「おはよー」

シールドを上げてそう声を掛けてきたのはヨシさんです。

「あ、ヨシさんおはよう」

「ねぇ、あちらのオフ車ってさ…」

ヨシさんが先程のオフロードバイクを見遣りながら切り出します。私と同じように感じていたようです。

「うん、私もそうなんじゃないかと思った」

でも声を掛けて違ったら恥ずかしいと思って、と加えると、

「じゃあ俺が声掛けてくるよ」

と歩き去って行きました。

 

程なくして、ヨシさんが先程のオフライダーさんを連れて戻ってきました。

「やっぱりそうだったよ」

「どうも、本日はよろしくお願いします」

バイクを押しながらやって来たのは、本日の参加者の一人、『ともさん』です。温和な笑顔を浮かべて頭を下げました。

「はい、今日はよろしくお願いします。ちうと申します」

ともさんは、ヨシさんとも挨拶を交わしています。

「お二人とも、オフロード歴は長いんですか?」

ともさんが、私とヨシさんとを交互に見ながら質問します。

「いえ全然…」

私が答えかけると、

「いえいえ。林道ツーリングは、今日でまだ3回目なんですよ」

とヨシさんが答えました。

え、と少し驚きますが、よく考えてみると確かに、ヨシさんの林道ツーリングはまだ3回目です。

猿ヶ島練習会や、オンロードツーリングで思いがけずダートを走ってしまったことは多々ありますが、きちんと林道ツーリングを目的に出たのはまだ少ないのです。

「あ、なら私と同じです」

ともさんがそう言いました。

「私もまだ3回くらいしか林道を走ってないので」

 

お二人が和やかに話し始めます。

バイク歴はともかく、オフロード歴は二人とも同じくらいのようです。

 

ん?

 

そこで気付きたくない事実に思い当たります。

あれ?

じゃあ、この3人の中では一応、私が一番オフ歴長いの…?

 

まだまだ『初心者面』をしていたい私は愕然としますが、お二人のトークは和やかに続きます。

「ヨシさんのバイクはピカピカですよねぇ。ナンバーも綺麗です」

ともさんのセリフを受けたヨシさんが、

「はい、ともさんのナンバーも。でもオフ車乗りとして綺麗なナンバーはまだまだらしいですよ。見て下さいよ、ちうさんのこのナンバーを!」

ヨシさんが私のセローを指さします。

「あ、ホントだ。ナンバーがひしゃげてますね」

「いや…これは私が下手だから転倒しただけで」

「いやぁ、ちうさんは攻めるからなぁ」

「え、そうなんですか? 」

「いやいやいや、違います! 違いますから」

 

 

誤解を解くべく必死に頭を回転させ始めたところ、

「あ、あきにゃんさんが来ましたよ」

ともさんのセリフにより、ふっと我に返りました。

 

 

手を振りながらあきにゃんさんが、CRFを私達のそばに駐輪させます。

 

 

 

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「おはようございます」

「おはようございまーす」

ヘルメットを脱いだあきにゃんさんに、口々に挨拶を交わしました。

 

「ところで…」

私が恐る恐る口にしました。

「あきにゃんさん、もう大丈夫なんですか?」

「はい多分」

…いや多分って。

「あ、そうですよ肩!」

ヨシさんも思い出したように言いました。

「もうバイクに乗って大丈夫なんですか?」

ともさんからも質問が出ます。

「まぁ、バイク自体は乗っていたので。それより」

下ろしたリュックを指さしながら苦笑します。

「リュックがキツいですねぇ。肩に食い込みます」

「あぁっ! そりゃそうですよ」

 

 

あきにゃんさんは林道ツーリング時の転倒により肩を傷めてしまい、数ヶ月間バイクをお休みしていたのです。

数日前に『復活』という文字と共に、林道ツーリングしている様子はツイートされていたのですが、詳しい容態までは分かりませんでした。

そのため、今回林道ツーリングにお誘いいただいた時は本当に嬉しく感じました。

 

「まぁ、無理せず休み休み行きますよ」

「そうですね、それがいいです」

あきにゃんさんのセリフに応えながらも私は、果たしてあきにゃんさんに『休み休み』などというツーリングが出来るのだろうかと、内心疑問を抱きました。

 

 

あきにゃんさんとヨシさん、私の3人でインカムをペアリングします。

「なんか…すみません」

ペアリングに手間取ったので、ともさんに向けぺこりと頭を下げます。ともさんはインカムを持っていなかったのです。

「いえいえ、いいんですよ」

ともさんの朗らかな笑顔が有難かったです。

 

 

「では、出発しまーす」

「はーい」

 

マスツーリングの始まりはいつもワクワクします。

今日はどんなイベントが待っているんだろう? どんな景色に出逢えるんだろう?

 

 

しかも今日の目的地は『御荷鉾山』です。

走り慣れた林道に、心も軽やかでした。

 

でもこの時の私には想像もつきませんでした。

行き慣れた場所であっても、決していつもと同じ顔ではないのがオフロードというもの。

 

 

この日、私達には思いもよらぬ刺激的なツーリングが、そう、大冒険が待っていたでした。

初めてづくしの高揚~箱根林道ツーリング 完結

こじかさん、手足がガチガチだからさ」

「あ、はい」

ベンチに腰掛けたKさんが、煙草を燻らせながら話し掛けてきました。

「今度、立ち乗りでビョンビョンさせてみるといいですよ。あと、左右にハンドル切りながら走ってみたり。

それやりながらタイヤが地面にグリップしていく感覚を掴んでいけば徐々に怖くなくなると思うよ」

「へぇ~。はい、やってみます!」

そういえばKさんも、そうやってビョンビョンしたりジグザグ走行したりしていました。

「あれ、てっきり遊んでるんだと思ってました」

「うん、遊んでるんだよ」

「遊んでたんかいっ」

思わず飛び出したツッコミにも動揺せず、

「遊びながらタイヤと地面の感覚掴んでたんですよ。どうせやるなら楽しい方がいいでしょ?」

Kさんが笑って返しました。

 

 

 

その後の林道は私の中でかなりの難易度でした。

 

あちこちに大きな水溜まりがあり、ぬかるんだ土の上を走る場面もあります。そして凹凸とガレ場の連続に半泣き状態でしたが、Kさんの助言に従いあえてバウンドさせてみます。

手足を柔軟にすると、確かに振動が緩和されていく感覚があったのです。

 

 

バイクを停めて、お昼休憩です。

ヒロさんがキャリアに積んでいた段ボールを下ろし始めます。

「大丈夫ですか? 何か運ぶの手伝いましょうか」

私が声を掛けると、

「いえいえ、大丈夫です」

と答えられます。

「それにしても、よくこんな段ボールを積載してオフロード走れましたよね~」

「あはは。まぁ、軽いんで」

 

 

 

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ヒロさんは私達のお昼ご飯となる『金ちゃんヌードル』を、段ボール一箱分載せて走ってくれてたのです。

 

 

以前LINEのやり取りで、私が金ちゃんヌードルを知らないと伝えたところ、その話題で持ち切りになりました。

 

金ちゃんヌードルとは、徳島製粉さんで販売されているカップラーメンの事です。

四国、静岡県沖縄県での販売が特に多く、反面、静岡県以外の東日本と九州南部では殆ど流通していないのだそう。

ご多分に漏れず神奈川在住の私もその存在を知らないままでした。

 

すると、本日参加を表明したヒロさんが、

『では、金ちゃんヌードルを1ダース持って行くので皆で食べましょう』

と言ってくれたのです。

 

 

 

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屋根のあるところで思い思いに腰を下ろし、お湯を沸かし始ます。

こじかさん、お湯沸いたよ~」

セロンさんが声を掛けてくれました。

「はーい、ありがとうございます」

 

3分待って食べた金ちゃんヌードルは、麺がモチモチしていてとても美味しかったです。初めて食べる味にウキウキします。

 

皆さんが食後に、豆をゴリゴリと挽いて珈琲を淹れ始めています。

「ツーリング先で飲む珈琲は美味いんだよなぁ」

と朗らかに笑い合っていました。

「はい、こじかさんも珈琲」

「え、ありがとうございます!」

セロンさんが珈琲も用意して下さいました。

 

 

カップラーメンや珈琲はおろか、それに使う水もお湯を沸かす為の道具も、私は一切持って来ていませんでした。

快く差し出して下さった皆様の優しさに、胸があたたかくなります。

 

 

珈琲を飲みながらの雑談が始まります。

全員の走りを撮影し、ニコニコしながら話をしてくれるこうちゃんさん。私と同じセロー乗りでありながら、急峻なオフロードを走り抜けるというRさん。

皆の為にと、嵩張る荷物を積載して走ってくれたヒロさん。何かと笑いを取ってくれるセロンさん。

それぞれの個性があり、オフロードにおいてやりたい事もおそらくバラバラでしょうに、それでもこうして一緒に走り、談笑し打ち解け合っています。

それがとても心地よく感じられました。

 

 

「この柱にハンモック掛けられるかな?」

Kさんが言うと、

「そうだ! 俺ハンモック持って来てるんだ」

セロンさんがリュックをゴソゴソし始めます。

「ハンモックはよく使ってらっしゃるんですか?」

私が聞くと、

「いや、買ってからまだ一回も使った事ないんだけど」

ハンモックを使い慣れているという、Rさんが既に設置を完了しています。

セロンさんも、設置の仕方が分かんないとボヤきながらも、他の人達のアドバイスを受けセッティングさせていました。

 

 

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こじかさん、ちょっと乗ってみます?」

Rさんが言ってくれました。

「いいんですか? ありがとうございます! でも…私が乗って落ちないかなぁ?」

オフブーツを脱いで、恐る恐る腰掛けます。

「大丈夫ですよ。300kgまで耐えられるので」

「へぇ~、そうなんですね」

腰掛けた状態から身体の向きを変え、横になります。まるで包み込まれているような感覚になりました。

「これいいですねぇ」

私が言うと、

「でしょ? ツーリング先で木とかにセッティングして横になると、景色も綺麗だしいい休憩になるんですよ」

「うわぁ…それ素敵ですね」

それを想像したら私も欲しくなっちゃいました。

この日の夜に早速、ハンモックを注文してしまったくらいです。

 

 

その隣で、セロンさんがご自身のハンモックに腰掛けます。ところが、バランスを崩して転がり落ちてしまいました。

「だっ、大丈夫ですか!?」

幸い頭を打たずに済んだセロンさんが、体勢を立て直しながら、

「なんだこれ? 不良品だなぁ」

とボヤきます。

「ちょっ!自分の乗り方のせいでも、設置のせいでもなく真っ先に『不良品』って!!」

「セロンさん、面白すぎますって」

総監督と私とで、笑い転げながらツッコミを入れました。

 

 

「あ。こじかさん、これ」

そうしてKさんが差し出してくれたのは、オフ車メンテナンスの本でした。

「あ、これ!」

LINEのやり取りで、メンテナンスの仕方を少しずつでも学びたいと言っていた私に、今度会った時にそういう本があるからあげるよと言ってくれていたのです。

「でも…。ホントにいただいちゃっていいんですか? まだ使うんじゃ」

「いいのいいの」

手をヒラヒラさせながら笑って返します。

「俺はもう充分に読んだから。こじかさんがそれ読んで勉強して、要らなくなったらまた次の誰かに渡してくれたらそれで」

お礼を言って、有難くいただく事にしました。

 

 

「じゃあ、お疲れ様~。気を付けて帰ってね」

「はい、ありがとうございました」

手を振り合って別れます。

 

 

帰り道を走りながら、胸がホクホクしているのを感じました。

 

 

初めて走る林道、初めて食べるカップラーメン、ハンモック休憩に挽きたての珈琲。引き継がれていく本。

皆で笑い転げる憩いのひと時──。

あぁ、こういう林道ツーリングの形もあるんだなぁ。

 

 

過去最高レベルの泥にまみれたセローを走らせながら私は、心軽やかにシフトアップさせていったのでした。