梅の咲き誇る偕楽園を後にし、今夜宿泊予定地である、土浦市を目指します。
県道30号線、『水戸岩間線』を進みます。一車線ですが流れのいい道でした。
やがて県道355号線に入る頃には、日はすっかり沈んでいました。
「さて」
ここからが重要です。
私はナビを使っておらず、ルートを紙に書いてスクリーンに貼っています。ですが、日が沈んでしまうと、それが全く見えなくなるのです。
道のりはまだまだ長く、土地勘のない所、そして一度も走ったことのない道です。
標識を見ながら、予習で覚えたルートを進むしかありません。
街中を抜け、田園の中を走ります。昼日中に走ればのどかな景色を臨むことが出来たのかもしれませんが、日没後の今はただ、闇が広がっているのみです。
普段なら、走り慣れない道を日没後に走行するのは控えています。路面も見えにくくなり、目印も見落としてしまいがちだからです。危険予測がより困難になり、迷う可能性も高くなります。
でも泊まりロングツーリングではそんなことは言っていられません。
緊張しながら走行を続けます。
ですが、次第に運転の高揚感が沸き起こってきたのです。
何故だろう、と自分でも不思議でした。もちろん、景色は楽しめません。道の両側は闇に染められた田畑が広がるばかりです。
でも時々、肥料や家畜の匂いが鼻腔をくすぐります。街灯に照らし出された道は時折なだらかなカーブを起こし、直線では気持ちよく伸びていきます。
──これは、楽しい。
思わず、ステップに立ち上がり風を感じました。
遥か向こう側に続く道の、立ち並ぶ街灯が目に入ります。
初めての道。地理にも疎い場所で、路面状態すらもよく見えない状態で私は、唐突に運転の恍惚感に満たされたのです。
シートに腰を下ろし、何故なんだろうと考えます。理由はいくつも上げられました。
まず、信号が少ないからでしょう。それに、急カーブや急勾配もありません。車道は程よい光量で照らし出され、充分な広さのある道幅には渋滞もなく、車たちがスムーズに走行しています。
つまり、この土地でしか味わえない夜の走行を堪能させて貰っているのです。
今のこの走り、この時間が終わらないといいのに。と、いつの間にかそう思うようにまでなっていました。
標識で、目的地である『土浦市 23km』と出るや、まだ走れるんだと嬉しくなります。
それは初めての感覚です。
朝早くから家を出て、10時間以上ほぼずっと運転し続けています。なのにまだそう思えることに、自分でも驚きました。
もっと走りたい。もっともっと走り続けたい。
『東京 90km』という標識を目にして、「このまま帰るのもアリなのかも?」と、ふと魔が差します。
時刻はまだ19時。東京まで100kmにも満たないのならば、このまま走れば今日中に湘南まで帰り着けます。その方が、今のこの感覚を長く味わえる。
そう思ったのです。
でも、赤信号で停止した時、よろけて思わず両足を着きました。
苦笑してしまいます。
肉体は疲弊しているようです。私のテンションとは裏腹に。
ツーリングにおいて一番怖いのは、疲れを感じにくくなることだとSさんが言っていました。疲れを自覚した頃には結構な手遅れなのだと。
確かに、気を張りつめているからか、はたまたテンションが上がるからなのか、ツーリングでの走行中は疲れを感じることはあまりありません。
自分の肉体と精神の限界地点。それを見極めることが大事なのかもしれません。
土浦市に着くや、夕飯を食べ、シャワーを浴びていつもと同じ時間に就寝します。
眠れるかどうか心配でしたが、運転の疲れもあり、ぐっすりと眠ることが出来ました。
翌朝。
6時前に出発します。
次も、泊まりロンツーならではのルートを考えていました。
目的地は『朝日峠展望公園』。見晴らしのいい山の上にある公園で、日の出を眺めてみようと思ったのです。
風が冷たく夜中に降ったらしき雨で路面こそ濡れていましたが、今日も幸いも好天に恵まれました。
ワクワクしながらフルーツラインを進みます。
ですが。
道端の標識を見てブレーキをかけます。
下調べ不足でした。フルーツラインは進めないようです。
旅先で違反切符を切られるのもつまらないので、そのルートは諦めることにします。
別ルートも調べましたが、展望公園へ行くにはその道しかないようでした。
ここまで来たのに残念ですが、展望公園自体を諦めるしかなさそうでした。
仕方なく市街地へと引き返します。
その道中、目にした朝焼けも綺麗でした。
これを見晴らしのいい山の上から眺めたかったという思いはありますが、とりあえずこれが見れただけでもラッキーだったのだと思うことにしました。
目的地が一つ潰れたことで、時間が余ります。
無駄に早い時間に、次の目的地へと向かいました。
茨城県に来る際は、是非とも行ってみたかった所の一つ、『霞ヶ浦』です。
日本で、二番目に大きい湖として知られています。見た目の美しさのみならず、水生生物や渡り鳥など、自然を感じることが出来るスポットが多いことでも愛されているようです。
ですが、私が惹かれたのはツーリングマップルを見たからでした。
大きな湖のすぐ側に細い道が続いています。その道はバイクも入れるらしく、眺めも良いとの表記があったのです。
程なくして霞ヶ浦に到着します。
のどかな田園風景を突っ切り、突き当たりに来るや、湖が広がっています。そこを右折し、湖畔の道を進みます。
「うわぁ」
思わず歓声が零れます。
地図で見た通り、細い細い道でした。細すぎて車も入って来ません。
お散歩やジョギングをしている人はちらほら見受けられますが、人もほとんどおらず、静かでゆったりとした道だったのです。
先程のフルーツラインのように、バイクで入って行けない道もあります。
でもこういう細い道に自在に入って行けるのも、またバイクなのです。
バイクで、セローで来ることが出来て、本当に良かった。
心からそう思いました。
停止して写真を撮りながら、霞ヶ浦の美しさに心震わせます。
全部の条件が整っていました。
昨晩の雨により、地面も草木も潤っています。それが朝日を浴びてキラキラと輝いていたのです。風がそよぎ、霞ヶ浦の水面を揺らしていました。
──来て良かった。
その思いはやがて、もっと強い気持ちへと変わりました。
──生きてて、良かった。