アクセルグリップ握りしめ

オフロードバイク、セローと共に成長していく、初心者ライダー奮闘記

卒業検定 〜舞台裏編〜

卒検当日の流れは既にしたためましたが、一つの記事では書ききれなかったので、ここに記そうと思います。

 

卒検前日から緊張していた私は、夜眠れないかもしれないと覚悟をしていましたが、意外にもぐっすり眠れました。

朝から食欲も旺盛で、メンタルも落ち着いています。

 

過去に、教習の見学にまで来てくれたSさん。

なのでこの日、卒検も見に来てくれようとしていました。都合が合わずそれは叶わなかったのですが、その気持ちは嬉しく、心強かったです。

教習所に早めに着いた私は、SさんにLINEします。

『今から卒検だけど、何かアドバイスもらえる?』

すぐに返事が。

『楽しむ事ですよ。教習所で走れるのはこれが最後になるかもしれないんですから』

そう言えばSさんはことある事に、卒業してしまったら教習所で学ぶことは出来なくなるから、今のうちに楽しんで学ぶようにと言ってくれていました。

ですが、卒検すらも楽しむという発想はなかったので、斬新で素敵な捉え方だなと思いました。

メッセージは更に続きます。

『教習所のコースでツーリングするんだと思えばいいんです』

ツーリング。

今朝起きてカーテンを開き、真っ先に感じたこと、

──今日は絶好のツーリング日和だなぁ。 

そう、天気は快晴でした。こんな日にバイクを走らせたら、さぞ気持ちいいんだろうなぁと感じたのです。

Sさんの言葉でその気持ちを思い出し、なんだかワクワクしてきました。

 

そして検定会場へ。

検定者7人のうち、3人が大型、私を含む3人が中型、残る1人が小型です。検定順番は大型者から始まり、中型、小型と続きます。

大型、中型、小型それぞれに一人ずつ女性がいます。大型の女性は小柄な若い女の子で、カッコイイなぁと熱い眼差しを送ってしまいました。

 

コースに入ると、待機ベンチに検定者全員が横一列で腰掛けます。

検定時間は一人10分〜15分。なので実のところ、6番目の私の番が回ってくるまでに一時間半かかりました。

 

ベンチの真ん前では、普通に教習をしていました。

私と同い歳くらいの女性が、教官とマンツーマンで教習を受けています。

内容は、第一段階二回目の、「クラッチとアクセル、ブレーキ」の項目でしょう。

半クラッチで進むよう言われ、恐る恐る走り出しています。

私は懐かしさから微笑ましく見ていました。

と、彼女はカーブに差し掛かるや怖くなったのか、急ブレーキを掛け、その反動で転倒してしまいました。

すかさず教官が駆け寄りバイクを引き起こすレクチャーをします。そして再度跨ったのですが…。

そこから動けなくなってしまいました。教官からは発車するよう声がかかっていますが、一向に進む気配がありません。固まったままです。

 

彼女の表情はヘルメットに隠れて見えませんでしたが、どんな感情に支配されているのかは容易に察せられました。

きっと、恐怖です。

今の場面、車ならば何事もなくただ止まっただけでしょう。自転車ならば片足を地面に着いて踏ん張れば事なきを得ます。

でもバイクは…。不安定な状態になるだけで転倒してしまう、バランスを要する乗り物です。「不安を感じたから止まればいい」という、他の乗り物なら通る固定概念すらも通用しません。そして生身が剥き出しのバイクは、転倒により大怪我に繋がることだってあります。

まさに、一瞬の判断が命取りになるのです。

 

頑張れ。

私は目の前で固まる名前も知らない彼女に、心の中でそっとエールを送りました。

 

バイクは怖い。

その感覚は正常なことなのだと教官が言っていました。それは、どれほど危険な乗り物なのかを正確に把握している証拠なのだから、と。

でもその危険性を知った上で、恐怖心に呑まれることなく冷静に操縦出来なければ、そこから動けなくなってしまいます。

頑張れ!

もう一度エールを送ると、聞こえた筈はないのに彼女はノロノロと進み始めました。

私はホッと一息ついて、空を見上げます。

 

空は、雲ひとつない青空でした。

ふいに目頭が熱くなりました。それは、検定待ちの緊張感からでも不安感からでもありませんでした。

何故かこのタイミングで、多幸感が込み上げて来たのです。

今日この日に、こんないい天気の日に、私は今からバイクを運転出来る。それが嬉しくて幸せで仕方なかったのです。

「楽しもう」

ただ、それだけを念頭に置きました。

 

検定後の合格発表も終わりお開きになると、教官の元へ行きます。

「教官、もう教えてはいただけないんですか?」

私の妙な質問に、三々五々散りかけていた他の検定合格者達が足を止めました。教官は首を傾げ、

「はい。もう卒業しちゃったので、うちで教えることはないですね」

「え、でも、不安です」

他の人達が頷き賛同の意を表しました。大型二輪に合格した女の子が続けてくれます。

「そうですよ、不安です。今日の検定だってやっとでしたよ。なのに、いきなり公道を走らなきゃいけないだなんて」

同じ中型に合格した男性も同意します。

「公道の走り方はシュミレーションでしかやってないですしね」

教官が、落ち着けというように両手を下げるジェスチャーをします。

「皆さんは今日、検定基準をクリアしたので大丈夫です。そういうことになっています」

教官は一旦言葉を区切り、続けます。

「あとは、実践でそれぞれ習得していってください。でも、運転に慣れてきたなぁと思った頃、今の自分たちの言葉と気持ちを思い出してみてください。そして」

──絶対に死亡事故など起こさないように。

教官の最後のセリフが胸に突き刺さりました。

 

 

帰る間際にロビーで、大型二輪の例の女の子から声をかけられました。

「お疲れ様でしたぁ。買うバイクはもう決まってるんですか?」

ショートボブカットを揺らしながら笑う彼女が眩しく愛らしかったです。私も挨拶を返し、買おうと思っているバイクの名前を告げます。

「そっかぁ。素敵ですね」

「いえいえ、何を仰るんですか。大型二輪を取得したあなたの方がずっとカッコイイですよ」

「あはは、違うんですよ」

彼女の説明はこうでした。普通二輪免許を取得したはいいものの、その後公道に出るのが怖く、二年もペーパードライバーだったのだそう。

最近急に乗りたくなり、でも運転の仕方も忘れてしまって怖かったので、仕方なく大型二輪で通いだしたのだとか。

「そうだったんですね。じゃあ、今度こそバイクライフですね!」

「ですね! いつかどこかで逢いましょう」

彼女が手を振るので、私も振り返しながら、

「はい。では、いつかどこかのツーリング先で!」

教習仲間と笑いながら別れを言い合い、そうして私の教習生活は終わりを告げたのでした。