アクセルグリップ握りしめ

オフロードバイク、セローと共に成長していく、初心者ライダー奮闘記

バイク聖地での洗礼~前編

それは今から3年前。

2020年11月18日。

私がバイクに乗り始めてちょうど一年が経とうという頃の事でした。

 

私とヨシさんは、高速道路を走らせ栃木へと向かいます。

「道は順調だね~」

「そうだねぇ。渋滞もしてないし良かった」

セローの走行速度に合わせ、左車線でのんびり走りながらそんな会話を交わしていました。

 

高速を降り、やがてのどかな田園風景の中を走り抜けます。

「もうすぐだよ~」

「うん」

唐突に、大きな鳥居が見えてきました。

そこは栃木県高根沢町にある安住神社、通称『バイク神社』です。

関東住みのライダーならば一度は行ってみたいと願う、バイク乗りの聖地とも言える場所なのです。

 

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「わぁ~凄い凄い! ホントに来ちゃった」

バイク置き場に駐輪させながらはしゃいだ声を上げます。

中では、ヘルメットを被ったてるてる坊主の交通安全のお守りも販売されています。

「可愛い」

私は自分のと同じ赤いヘルメットのそれを選び購入しました。

 

「さて、じゃあ次なる目的地に向かいますか」

「はーい」

装備を整え、バイクの聖地を後にします。

 

 

国道16号線の道は順調でした。

片道が3車線もあり、今日は平日で空いていたのもあり、高速道路並みに他の車も速度を出しています。

「ここ、下道なのに高速道路みたいだねぇ」

と言いながら周囲の速度に合わせて走行します。

ですが、高速道路と下道とでは、決定的な違いがあるのです。

それは交差点。つまりは信号機がある事です。

 

 

前を走るヨシさんが黄色信号で速度を緩めたので、私も減速していき停止線に合わせて並んで停まります。

 

 

──あれ?

 

 

ほんの僅かですが、この時違和感を抱きました。

その正体が一体何なのか、自分でもよく分からなかったので青信号に切り替わるや発進しました。

セローの走りは順調です。

異音も異臭も発していません。気のせいだったのかな?と思い直していました。

 

 

やがて16号線を折れ、車通りの少ない通りに入ります。

そしてまた赤信号で停まったのですが、今度はハッキリ分かりました。

「ヨシさん! 待って、待って! フロントブレーキが全然利かない」

 

そう。

フロントブレーキのレバーを握っても、全くブレーキが掛からないのです。私は普段からリアブレーキで減速し、停まる瞬間だけキュッとフロントブレーキを握る習慣がありました。

神奈川から栃木までと長い距離を走ってきましたが、ずっと高速道路だったため停まる機会も少なく、ブレーキの異変に気付きにくかったのです。

 

「え」

ヨシさんが路肩にバイクを停めたので、私も慎重にリアブレーキで減速して停まりました。

寒い時期だったので、ハンドルカバーも装着していました。ヨシさんはそれを丁寧に外し、ブレーキレバーの辺りをチェックしてくれます。

ヨシさんがブレーキレバーを握りしめると、ブレーキオイルがピューっと飛び出して来ました。

「ご、ごめん…」

「いや、ヨシさんが悪いわけじゃないよ。でもなんでブレーキオイルが出てきちゃうんだろ?」

よく見ると、ハンドルカバーの内側はオイル塗れになっています。いつからブレーキオイルが零れ始めていたのか、全く分かりません。

「あぁ、やっぱりこれだ」

ヨシさんが、ブレーキオイルポット近辺にあるネジを指差します。

「やっぱり、そのハンドガードが原因?」

「うん、多分そう」

 

つい先日。

中華製の安いハンドガードを買った私は、ヨシさんに頼んで取り付けて貰っていたのです。

取り付けるのに苦戦しながらヨシさんは、「これ、もし転倒したらブレーキに干渉しちゃうんじゃないかな…」と不安そうでした。

 

「ちうさん、最近転倒した?」

「うん。コケまくった…」

身に覚えがありすぎました。

数日前、セローミーティングに参加した私は、初めてのオフロードコースに笑っちゃうほどに転びまくったのです。

「じゃあ、多分その衝撃が原因でブレーキに干渉しちゃったんだね」

そして、

「ちうさん、工具出して」

「うん」

工具を手にしたヨシさんは、手際良く応急処置を施してくれました。

「これでブレーキオイルが漏れることはないけど…」

ただ、零れてしまったブレーキオイルはどうしようもありません。

 

「どうする? ここから目的地まであと20分くらいだけど」

このままツーリングを継続するのか今日のツーリングを取り止めにするのか、それを聞きたいのでしょう。

「行こう! せっかくここまで来たんだから」

私は即答します。

「分かった。じゃあ、一応フロントブレーキは使わずにね。停まる時はリアで慎重に」

「うん」

 

 

そうして、私達はツーリングを続行することに決めたのです。

フロントブレーキが使えないならリアブレーキを使えばいい。急停止が必要になるような危険な運転はせず、慎重に走って行けば大丈夫。

 

 

この時の私達はそのくらいの認識でいました。

ですが、それは知識不足からくる甘い考えだったのです。

紅葉のダートを走り抜け~御荷鉾ツーリング

「まさかあそこで渋滞に巻き込まれるとは」

『だねぇ。でも、集合時間にはなんとか間に合いそうだよ』

「そうだね~良かった」

 

10月下旬の土曜日、セローを走らせながら私とヨシさんはそんな会話を交わしました。

集合時間は8時です。

その40分も前に着くくらいに余裕を持って合流していたというのに、途中、高速道路の事故渋滞に巻き込まれ、時間がギリギリになってしまったのです。

 

待ち合わせ場所が見えると、よねってぃさんが手を振ってくれています。

「おはようございまーす」

私とヨシさんが挨拶すると、

「おはようございます。どうも、今日はよろしくお願いします」

とよねってぃさんがぺこりとお辞儀をしてくれました。こちらこそよろしくお願いします、とお辞儀を返します。

「あきにゃんさんはまだ来てないんですねぇ」

給油しながらヨシさんが聞くと、「あ、来た来た」とよねってぃさんが道の向こうを指さしました。

確かに、あきにゃんさんの赤いCRFがこちらに向かって近付いて来ています。

隣に滑り込んで来たあきにゃんも、バイクを降りて

「今日はよろしくお願いします」

と挨拶してくれました。

 

今日走るメンバー4人が全員揃いました。

 

 

給油を終えると4人でインカムを繋ぎ、よねってぃさんを先頭に走り始めました。

「今日は晴れて良かったですね~」

私が言うと、

『そうですねぇ。展望台からの景色も綺麗に見えそうです』

と同意の声が上がります。

 

トイレ休憩で立ち寄ったダムも、青空が映えていました。

 

街中を抜け、やがて山道に入り緩やかなカーブを軽快に走り抜けます。

『落石がありますよ~。気を付けて』

「はーい」

よねってぃさんやあきにゃんさんが警告してくれた通り、あちこち大きな石が転がっていました。

道路のひび割れや陥没等、気を付けながら走ります。

 

 

 

いよいよダートに突入です。

私とヨシさんはタイヤの空気を抜きました。

「はぁ~緊張します」

私が言うと、

「まぁ、ゆっくり行きましょう」

とあきにゃんさんが笑ってくれました。

 

 

久しぶりのダートは、想像の何倍も怖く感じました。

私の記憶では御荷鉾山は比較的フラットなイメージだったのですが、そもそもツーリング自体が珍しくなっていた私にとって、ダートの難易度が高くなっていたのでしょう。

何度か転倒しそうになりましたし、ハンドルを取られてガードレールにぶつかりそうにまでなりました。

 

『うわ~景色が綺麗ですね~』

『そうですねぇ。今日は山もくっきり見えます』

私以外の3人は、景色を堪能し会話を楽しみながら走っていたというのに、私にはそんな余裕もありませんでした。

『あれ? ちうさん、インカム繋がってる?』

私が無言過ぎて、そう聞かれてしまいました。

「繋がってます! ごめんなさい、今話せる余裕がないですっ」

私の必死な様相に3人から笑い声が上がりました。

 

 

いつもの休憩所にバイクを停めます。

「御荷鉾山ってこんなでしたっけ…なんか難易度上がってません?」

息切れしながら私が聞くと、

「いや、いつもの御荷鉾山ですよ」

あきにゃんさんが苦笑しながら応えました。

やっぱり、しばらく乗っていないと感覚が鈍るんだなと実感します。

 

「それより、紅葉が綺麗ですよ。あの下にバイクを並べて写真撮りませんか?」

「うわぁ~ホントですね。御荷鉾山は何度か来ていますけど、紅葉してるのは初めて見ました」

ヨシさんもよねってぃさんも頷いています。

「こんなに綺麗に紅葉するのは珍しいんですよ。僕が去年来た時は上の葉が落ちてしまって、下の葉は青いままでした」

御荷鉾山がホームコースのあきにゃんさんがそう言います。

「へぇ~。そうなんですね」

同じ場所にある同じ木だというのに、毎年紅葉の仕方が違うのは面白いと感じました。

 

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今年は綺麗に紅葉している御荷鉾山に来れて本当に良かった。

心からそう思えました。

お誘いしてくれた仲間達に感謝です。

ぬかるみを越え

あれ?

晴れてる…。

 

10月半ば、土曜日の朝。

ゆっくりと目覚めた私はカーテンを開け、いの一番にそう思いました。

 

ここのところ、週末はほとんど雨でした。

今日も雨予報ではなかったものの雨雲マークの曇り予報、降水確率は30%でした。金曜日までの霧雨が、そのまま週末にまで続くのだろうと予測していたのです。

窓の外に広がる明るい景色を見ながら私は、ならば今日、軽くツーリングに行こうかなと思いつきました。

息子は修学旅行に行っており、誰気兼ねする必要もありません。

そうと決まるや、早速バイク装備に着替え出発の準備です。

思い付きでふらりと出掛けられるのも、ソロツーリングのいいところでしょう。

 

 

行先は何処にしようかと考え、軽く神奈川県内のダートを走りに行くことに。

県内ならばさほど時間も掛からず、何かあったらすぐに帰って来れます。まだ体調に不安があるため、距離や時間は軽めにしたいと思ったのです。

 

 

走り始めると涼しい風が首筋を撫でていきました。

夏の灼けるような陽射しも和らぎ、柔らかに降り注ぐ陽光が心地よく体温をあたためてくれます。

気持ちのいい日だなぁと感じました。走りに出て良かったなと。

県内の有料道路を使い、爽快に走り抜けました。渋滞もありません。

やがて到着した目的の山。

ギアを下げ、勾配を登っていきます。ガタガタしていますが、始めは一応舗装路です。

やがてダートが始まります。

 

──え。

と、思わずブレーキを掛けました。

 

 

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昨日までの雨で、道がぬかるんでいたのです。

ぬかるんだ土はタイヤが取られ、滑りやすくなります。転倒のリスクも高まるのです。

よく知った道だと思って来たのですが、この状態は初めてでした。

 

でも、引き返せるだけのスペースもない為、進むしかありません。

セローに跨りエンジンを始動し直すと、慎重にタイヤを進めました。濡れた土が、タイヤにまとわりついて来ます。

 

こんなところで転んだらどうしよう…?

 

悪い考えをあえて振り払い、ぬかるみや水溜まりを越えて進みました。

落ち葉や苔も濡れ、それらもタイヤを滑らせます。怖々と、でも慎重に登って行きます。

 

こんな時もあるのでしょう。

どんなに怖く不安でも、引き返せないし他の道もない。バック機能がないのがバイク。前へ前へと進むしかありません。

 

やがて山頂に着いた私は、ホッとひと息吐きました。

拓けた場所は駐車場になっており、そこにセローを停めます。

 

そこからは徒歩です。

階段を登ると、行き交うハイカーの人達が挨拶をしてくれました。元気に挨拶を返します。

 

 

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山頂では、おにぎりを頬張っているハイカーの方々で賑わっていました。

吸い込んだ空気が美味しく感じられます。

軽く水分補給を済ませ、来た道を引き返します。

下りはローギアにし、エンジンブレーキでゆっくり進みました。

舗装路に出ると、ホッとしました。

 

 

セローが泥だらけになったので、また洗車をして帰ります。

 

 

「ただいまぁ」

「あ~お帰りなさい。疲れたでしょう」

修学旅行から帰った息子が、沢山の荷物を掲げて玄関扉を開きました。

「楽しかった?」

「うん。はいこれ」

手渡してきたのは、旅先の銘菓でした。

「お土産ね」

と言う息子の顔が、また更に日焼けしてきたようでした。

「わぁ、ありがとう! じゃあお風呂入っておいで。ご飯にしようね」

 

 

晩ご飯を食べながら、修学旅行先の楽しかったこと、美味しかったものを興奮気味で話してくれます。

「ところで」

息子が私の顔を見ながら聞いてきます。

「お母さんはこの数日何してたの?」

「う~ん…」

オフの時間はほとんど本を読んで過ごし、あとは眠っていただけです。

 

でも今日は。

「泥遊び、かな?」

 

息子はなんじゃそりゃ、と一笑し、またご飯を掻き込み始めたのでした。

ある雨上がりの朝に

「明日はお昼はどうするの?」

土曜日の夕飯時。

息子のタロウ(仮名)が鶏の竜田揚げを頬張りながら聞いてきました。

何か予定があって別々に食べるのか、用意してくれるのか、はたまた自分が作っておいた方がいいのか。予めハッキリさせておかないと、自身のスケジュールにも影響してくるからでしょう。

「あ~…明日さ。私、久々にバイクに乗ろうと思うんだ」

私が言うと、ふぅん、と軽く応えます。

「あ、お昼までには帰って来るつもり。帰って来たらご飯作るよ。もっとも…」

天気予報を見ながら私が続けます。

「今晩から明日朝にかけて雨みたいだから、あまり早くからは出られないかもしれないけれど」

「ん? だったら午後から出れば良くね?」

タロウのもっとな指摘に口を尖らせます。

「えぇ~? ツーリングは朝イチから出るのがいいんじゃん。空気も綺麗で道も空いてるし。はいそこ、『知らんがな』って顔しない!」

「いや知らんがな」

言っちゃってるし。

ともあれ、久々のソロツーリングを決行する事にしたのでした。

 

 

翌朝、朝食を用意してバイク装備を準備していると、起きてきた息子がモソモソと朝ごはんを食べながら「行ってらっしゃ~い」と手を振りました。

「うん、行ってきまーす」

笑顔で応えて玄関扉を開きます。

 

 

キーを回してセローのエンジン音を耳にすると、自然と、ツーリングのボルテージが上がってきます。

走り始めると初夏の風を感じました。

肌寒いかと重ね着してきましたが、むしろ暑さを感じるくらいでした。ジャケットのチャックを胸元にまで下ろします。

緑の深まりを感じながら、木々の葉っぱを眺めて走ります。

明け方近くまで降っていた雨も今はすっかり上がり、青空を見せています。一晩降った雨により空気も澄んで、景色も綺麗に見渡せました。

 

 

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目的地としていた公園には、一時間弱で着きました。

公園内を軽く散策し、本を広げて読書に耽ります。

 

 

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「あっ、コラ!」

男性の嗜める声がしたかと思うと、足元に小型のチワワがすり寄って来ました。

「あら~、こんにちは」

可愛さに顔を綻ばせながら挨拶しましたが、チワワは私と目が合うと後ずさりし、飼い主の元へと駆け戻って行きました。

「すみません」

飼い主さんが会釈してくれたので、「いえいえ」と笑いながら応えて本に目を戻します。

 

 

外の風を感じながら本を読む時間も、これはこれで贅沢だなぁと思いました。

 

ここ数日、図書館から借りてきた本を家でひっそり読むばかりの日常を送っていました。

元々本を読むのは好きでしたが、体調を崩した事と経済的な理由もあり、そのくらいの趣味しか自分には『許されない』と思い込んでいたのです。

ですが、風も日差しも受けずただただ屋内で過ごす日常は、自身の健康上かえってよろしくないのではと判断し、思い切ってバイクで出掛ける事にしたのです。

 

「よっし!」

本を閉じると、大きく伸びをして深呼吸します。

お昼ご飯を作るなら、そろそろ帰らなければなりません。

 

 

帰り道、自分でも慎重すぎると感じるほどに、安全運転を心掛けました。

神経を尖らせすぎて、逆に疲れてしまうのではないかと感じるほどです。だけどそれ程に私は、『無事に帰りたい』という思いが強かったのです。

 

息子との二人暮しになって約5ヶ月。

自発的にツーリングに出たのは今回が初めてでした。お誘いいただいたツーリングは何件かありましたが、悪天候により流れたり、スケジュールが合わず残念ながらお断りしたものばかりで結局機会に恵まれませんでした。

でも何よりも、私自身にツーリング意欲がなくなっていたのです。

 

あの時。

「お母さんと一緒に行く」

と言ってくれた息子に私は嬉しく感じながらも、でも私と来たら、経済的に苦労させてしまうかもしれない、と息子を諭してしまったくらいです。

案の定二人暮らしになってからは、趣味に興じる時間も金銭的余裕もなく、日々の生活と仕事に追われ、心身にも時間にも余裕がなくなってしまいました。

 

それでも。

 

 

帰ろうと思える家がある。

無事帰りたいと思える家族がいる。

 

 

それは当たり前の事なのかもしれません。

でもそれがどれ程幸せな事なのか。今なら心から実感出来ます。

以前の私にとってそれは、とても難しい事だったからです。

 

 

家にいるのが辛かった。

帰らなければいけない家が、そこしかないのが辛くて苦しくて仕方なかったのです。

 

 

羽目の外し方すら知らずに生きてきた私にとって、バイクとの出逢いは運命的とも言えました。

家にいなくていい理由付けをするように、休日の度、バイクであちこちを走り回りました。

息子はそんな私に、「バイクで出掛けておいでよ」とこっそり、でも快く送り出してくれました。それが私の唯一の憂さ晴らしである事に気付いていたのかもしれません。

ですがそれは、『現実逃避』以外の何ものでもなかったのです。

 

 

バイクが好きなら、きちんと現実に即してバイクを楽しみたい──。

自分の歪んだ日常を質さなくては。

そう決意したのは一年ほど前の事でした。

 

 

自分の決意を切り出した時。

「お母さんと一緒に行く」

と言い切った息子は、

「貧乏でも大丈夫だよ! 二人で頑張ろう」

と私を励ましてくれました。

泣き崩れる私を息子が抱き締めてくれました。

息子の身長は、私のそれを20cmも上回っていたのです。

いつの間にこんなに大きくなっていたんだろう。私の両腕に、すっぽり収まっていたというのに。

 

 

家事はお互い出来る範囲で、不満があればきちんと話し合う、お金と時間の取り決めはきっちり守る等、二人での生活に新たな取り決めをしました。

仕事から疲れて帰って来ると、「おかえり~」とキッチンから菜箸片手に出迎え和ませてくれます。

最近では料理の腕前も上がり、揚げ物なんて私より上手に出来るのではないかと思うほどです。

 

 

 

そんな息子を大事に思うほどに、バイクに乗るのが怖くなっていきました。

好奇心旺盛で学ぶことが大好きな息子は、大学進学を望んでいます。まだまだ親の庇護が必要なのです。でも、頼れる肉親は、たった一人。私だけなのです。

その現実に押しつぶされそうになります。

 

私に何かあったらどうしよう?

この子を天涯孤独にしてしまったらどうしよう?

 

その想いは次第に恐怖心となり、私をバイクから遠ざけてしまっていました。バイクは危険と隣り合わせの乗り物だからです。

 

 

家庭内のトラブルと仕事の多忙が続き、ついには心労により体調を崩してしまいます。

「あんたは真面目すぎるんだよ! そんなんだからつけ込まれたんでしょ」

そんな私を友達が叱責しました。

「楽しんでいいんだよ! 息子さんだって心配してるんでしょう? 何も贅沢三昧しろって言ってるんじゃないよ、でも日常に楽しみがなきゃ。そりゃ、辛くもなるよ」

 

 

楽しむ。

バイクに乗る原点となったその感覚を何故か私は忘れていました。

 

 

「ただいま~」

玄関の扉を開けると息子が、「おかえり」と部屋から出てきてくれます。私からハグしようとすると、「うっわ、ウゼェ」と逃げられました。

「今ご飯作るからね~」

手を洗いながらそう言うと、「ほーい」と応えて自室に引き上げていきます。

 

 

包丁片手に、

──あぁ、楽しいなぁ。

と感じました。

刺激的でも独創的でもない、ロンツーですらない近場のソロツーリング。

でも大切な人からの、「行ってらっしゃい」と「おかえりなさい」がちゃんとある。

 

私には私の、日常に則したツーリングの在り方があるのかもしれません。

 

これからもそれを、ゆっくりと時間をかけて模索していきたいです。

富士林道ツーリング~後編

ダートを抜けてコンビニに停車すると、トシさんが「また水買わなきゃ」と降車しました。

「もぉ、せっかく用意してたのにぁ」とボヤくトシさんに、軽く笑ってしまいます。

ダート途中でトシさんの積載からペットボトルが落下し、蓋が開いて中の水が全てこぼれてしまったのです。

ダートでの振動は想像以上なのかもしれません。

 

 

休憩を終え出発です。

舗装路を伸びやかに走り抜けていると、富士山が姿を現しました。

「わぁ~今日は富士山が綺麗だね~」

インカム越しにヨシさんに言うと、

「そうだね~。雪を被ってるから尚のこと綺麗に見えるね」

と応えます。

 

 

と。

前方のお二人が減速し、ウィンカーを出して左折します。

「え」

そして唐突に砂利道へと突入しました。

今日のダートは先程のどフラットで終わりなのだと思い込んでいた私は、一気に緊張してしまいます。

「ここ…怖いかも。てか怖い!」

「だ、大丈夫?」

すっかり気を緩めていたのもあり、その砂利道の凹凸が余計怖く感じられます。

立ち乗りになりバランスを取りますが、砂利で後輪が滑ってしまい更に焦りました。

進んでいくともっと荒れており、ぬかるみや水溜まりもあります。

タイヤが取られて転倒してしまうイメージが沸き起こり、思わず停まってしまいそうになりました。

ですが、前方を走る総監督は座り姿勢のまま淡々とそこを進んでいます。

 

『今度、総監督の後ろを走ってみたら勉強になるかもしれませんよ』

 

前回の箱根ツーリングの後、こうちゃんさんから言われていました。

確かに、同じ女性である総監督の走りは私にとってとても励みになります。

総監督は派手なジャンプやフロントアップは勿論、立ち乗りすらしていません。それが総監督特有の走り方らしいのですが、そうやって座り姿勢でもバランスを取りながら進めるという事実が、私でも走れるのかもと徐々に思えるようになりました。

 

 

ガレ場を抜けて拓けた所に出ると、バイクを停車させました。

Kさんが降車し、ヘルメットのシールドを開けながら話し掛けて来ます。

こじかさん、大丈夫~?」

「あはは、もぉギリギリです!」

私はありのままを答えました。本当はここで『大丈夫です』と笑いたいところなのですが、見栄を張っても仕方ありません。

Kさんは初参加のヨシさんにも聞きに行っていましたが、

「ヨシさんは…まぁ大丈夫ですよね?」

と言い、ヨシさんも笑いながら

「えぇ~? いえいえ」

と答えていました。

 

 

こじかさん、さっき滑ってましたよね?」

トシさんから聞かれます。見られてたんだ、と少し恥ずかしくなりました。

「えぇ、はい…」

転ばなくて本当に良かったです。

「あ、そうそう! 私林道ではマイペースに走っちゃうんで、もし遅かったら抜かしてくださいね」

「いえいえ、大丈夫ですよ」

トシさんが言ってくれました。

 

 

ひと息ついて、出発です。

「この先はずっとアップダウンが続くから」

Kさんが言っていたように、結構な傾斜で上りと下りを繰り返します。

ですがガレてなく陥没もなかったので、ゆったりとした気持ちで進む事が出来ました。道幅もあります。

「富士山綺麗!」

「ホントだね~」

 

 

 

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富士山をバックに、すすきが風で揺れています。

ゆったりと林道を走りながら眺める富士山は格別でした。

私がそう言うと、

「ホントだね~。いい道を案内してもらってるよね」

「うん。こういう林道って、教えてもらわないと分からないから。ホントに有難い」

「そうだね~」

 

 

 

Kさんと総監督が交互に先導を交代し、先導を取らなかった方が後ろにまわって全体を見て走っています。特に私や、初参加のヨシさんの走りを気にかけて下さっているようでした。

その様子を見たヨシさんが、

「すごい連携だなぁ」

「うん、そうなの。めっちゃカッコイイよね」

「信頼し合っている感じだね~。参加してる俺もすごく安心出来る」

ヨシさんがそう感じてくれた事に、私も嬉しくなりました。

 

 

お昼ご飯はジンギスカンを食べました。

 

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熱々のジンギスカンが、冷えた身体に心地よく染み渡ります。

 

食後、軽くダートを抜けて森に入ります。

そこで各自持参して来たハンモックを設置し、ハンモック休憩です。

 

「え、なんで皆ハンモック持ってるの…?」

総監督の言葉に皆で笑い出します。

総監督とヨシさん以外の全員がハンモックを持って来ていたのです。

 

 

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「あはは、確かに。なんか異様な光景ですよね」

お湯を沸かしてコーヒーを淹れて飲んだ後、ハンモックで横になりました。

全員で色んな話もします。

 

 

 

「じゃあお気を付けて。ヨシさんも是非また参加してくださいね」

「はーい、ありがとうございます」

「今日はありがとうございました」

 

 

手を振って別れます。

「あたたかい人達だったね」

インカム越しに、ヨシさんがそう言いました。

「うん、そうなの~」

「ちうさんがいいバイク仲間に恵まれてホントに良かったよ」

まるで保護者のような口ぶりに、「ありがとね」と返しながら少し笑ってしまいました。

前回私が箱根林道ツーリングに参加すると伝えた時、

『大丈夫かなぁ? また変な人達じゃないといいけど…』

と心配してくれていたのです。

今日皆さんにお会いし実際一緒に走ってみて、ヨシさんは心から安心したようでした。

 

 

「私ね、Kさんが…」

切り出してみたものの、自分の心境をどう語り出したらいいか分からず口を噤んでしまいます。

「…うん?」

少しだけ考えて自分の考えを纏めます。

「私の、『バイクを傷つけたくない』って主張は、オフ車界隈では甘えとか我儘とか言われちゃうでしょう? Kさんが、そんな私の主張を尊重して受け入れてくれたのが、すごく嬉しかったんだ」

「うん」

 

 

私にとってセローは、私の生涯唯一の贅沢品なのです。

他の何ものをも手に入れられなくとも、多くのものを失っても。

私の元に来てくれた、私に許された、たった一つの贅沢品。

 

セローは決して高級車ではありません。

大型車でもレアな車種でもありませんし、私の車種は最新モデルですらありません。

量販されている、むしろ手頃なオフロードバイクです。

私にはそれが精一杯でした。

 

──正直。

バイクを複数台持ち、用途によって乗り分けしている人や、次々買い替えられる人を羨んだりした時期もありました。

 

でも、セローはどんな道でも頼もしく走ってくれました。

私にとって唯一無二の相棒なのです。

もし、セローのエンジンが動かなくなったなら。

それは、私が走れなくなる時なのかもしれません。

 

 

だからこそ、セローが走れる所ならどこへでも行きたいと思いました。

一緒にどこまでも走り、風を切り、光を浴び、色んな景色を目にしたいと。

 

 

色んな道を、いっぱいいっぱい一緒に走りたい。

セローを大切にし続けたい。

 

 

相反するようなこの二つの感情は、どちらも譲り合う事なく私の中に融合し続けてきたのです。

 

 

──ありがとう。

 

セローのボディにそっと触れると、乾いた泥汚れでザラついていました。

「あはっ、帰ったら今日も念入りに洗車だな~」

私が笑うと、

「お、相変わらずだねぇ」

ヨシさんが笑い返しました。

富士林道ツーリング~前編

10月後半の日曜日。

 

寒い寒いと言いながら集合場所に到着した私とヨシさんは、

「さすがにまだ誰も来てないね~」

と言いながらバイクを停めました。

集合時間の40分も前に着いたのです。

「俺ちょっと、トイレに行ってくるわ」

「あ、うん」

 

ヨシさんがトイレへと歩き去りほどなくすると、2台のオフロードバイクが隣に入って来ます。

「おはようございまーす」

ヘルメットを脱いだお二人に挨拶すると、

「お~、おはよう」

「おはようございます」

と返してくれました。

静岡林道ツーリングのKさんと総監督です。

 

 

 

↓  『生まれいづるおののき~箱根林道ツーリング』

 

https://qmomiji.hatenablog.com/entry/2021/10/03/195612

 

 

今日は寒いですねぇと世間話をしていると、ヨシさんがトイレから戻って来ました。

「初めまして、ヨシと申します」

今日はよろしくお願いしますとぺこりと頭を下げます。

Kさんと総監督も、「こちらこそよろしくお願いします」と返し、軽く自己紹介し合いました。

 

 

前回の箱根林道ツーリングに参加した際Kさんから、

こじかさんは普段誰と走ってるの?」

と質問され、私は当然のようにヨシさんの名前を上げたのです。

「じゃあ今度良かったら、そのお友達も誘っておいで」

と言って下さいました。

ヨシさんにはちょっと遠いしどうかなぁと思いながら伝えてみたところ、それは是非とも参加してみたいと返ってきたのです。

ヨシさんはセローを買ってまだ3ヶ月。

新しく得たオフロードバイクに気持ちが昂っているというのに、林道の情報は中々得られず、私では案内出来る所もない為、そうしたお誘いは私にとってもとても有難く感じました。

 

 

バイクのエンジン音と共に、更に2台のオフロードバイクがやって来ました。

セロンさんとトシさんです。

ヨシさんがお二人にも挨拶をしに行きました。

「お~、俺とバイク一緒ですね」

「あ、ホントですね~」

セロンさんの言葉にヨシさんが応えます。

そう、セロンさんとヨシさんは二人ともセローのファイナルエディション。カラーも同じ赤で、しかも2台ともツーリングセローでした。

しかも。

 

「あれ? ウェアも一緒じゃない?」

「あ! ほんとですね」

なんと、お二人のウェアも全く一緒だったのです。

「マジですか~。こんな事ってあるんですね~」

笑いながらセロンさんとヨシさんを見比べる私。

 

 

「どうも、初めまして」

もう一人の男性、トシさんが声を掛けて下さいます。

「あ、初めまして~。トシさんですね?」

トシさんとは初対面ですが、LINEではたくさん会話を交わしていました。

「はい。コジマさんですね?」

こじかですっ!」

某お笑い芸人のネタをオマージュしたやり取りを、過去何度かLINEで重ねていたので、リアルでもすかさずツッコミを入れます。

ひとしきり笑い合いました。

 

 

「どうも~。今日はよろしくお願いします」

「あ、こうちゃんさん。今日はよろしくお願いします」

本日の参加者が全員揃ったのを確認し、出発です。

 

 

Kさんと総監督が走り出したので、私もその後に続き走り出しました。

ヨシさんとはインカムが繋がったままですが、他の皆さんとは前回同様、インカムを繋げませんでした。

「あっ。私この走り順で良かったのかな?」

もしこのまま林道に入った場合、私のペースが遅くて後ろが詰まっちゃうのではないかと思ったのです。

「ん~…大丈夫じゃない?」

「ヨシさんは今、どの位置で走ってるの?」

「ちうさんの、後ろの後ろ」

バックミラーで確認すると、私の後ろはトシさんでした。

「なるほど。じゃあ、後ろから見ててなんか気付いた事あったら教えて」

「了解~」

 

 

大きな通りを折れ、長閑な道へと入ります。

「おぉ~、すごい綺麗!」

「ホントだ」

すすきがとても綺麗でした。

向こうの山々も鮮やかに見渡せます。

「ていうかこの道、ちうさん一緒に走ったことあるよ」

「え、そうだっけ?」

ヨシさんのセリフに首を傾げます。

こんな絶景、目にしたら忘れるかなぁと疑問に思ったのです。

「そう。その時は雨が降ってたからこんな綺麗な景色じゃなかったけど」

「あぁ…なるほどね」

雨男のヨシさんとツーリングすると、雨に見舞われることがしょっちゅうなのです。

お陰で、雨対策万全でツーリングに出る習慣もつき多少の雨でもたじろぐ事がなくなりました。

ですが、景色ばかりはどうしようもありません。

 

 

交差点を折れ、未舗装路が始まります。

「え! こんな所から入れたんだ? 俺、ここ入るの初めてだよ」

この辺りへ何度かツーリングに来ているらしきヨシさんが、「こんな身近なところに」と興奮しています。

 

 

私はというと。

唐突に始まったオフロードに身体をこわばらせました。

 

 

「あ、でも。ホントにどフラットだね」

ホッとしながら肩の力を抜きます。

路面は砂利ではなく土でしたが、硬く踏み固められており、ぬかるんで滑る心配もなさそうでした。

「ここいいね~。林道初心者に最適だよ」

「うん、ここなら安心して走れる」

土の上でしたが、千里浜なぎさドライブウェイのような安心感がありました。

景色も綺麗です。

 

 

 

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と。

Kさんが立ち乗り姿勢で両腕を広げます。

「えぇ!?」

「ど、どうしたちうさん?」

「Kさんが」

勿論、Kさんの両手はハンドルから離れています。その状態でも、バイクが倒れることなく進んでいるのです。

「す、凄い…」

ヨシさんもそれに気付いて感嘆します。

 

 

いくらフラットとは言え、凹凸もカーブもあります。

立ち乗り姿勢で両手放し運転をし、身体が投げ出されないのが私には不思議でした。

 

「きっと、すごい体幹なんだろうね」

「うん、やっぱり鍛えられてるんだろうなぁ」

 

 

木漏れ陽を受け両腕を広げて走るKさんはとても気持ち良さそうです。

それを眺めていると、私も徐々に開放的な気持ちになっていったのでした。

オフ車ならでは~御荷鉾林道ツーリング 完結

霧の中──。

過去何度か走った、御荷鉾林道のダートを走り切ります。

霧のせいで視界も悪く、前日の雨で多少ぬかるんではいましたが、タイヤが取られることもなく落ち着いて走り抜ける事が出来ました。

 

 

舗装路に出ると坂を上り、御荷鉾山展望台へと向かいます。

 

 

 

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「分かってはいたけれど、景色が全然見えないね…」

晴れていたなら絶景が見えるはずの展望台も、霧のせいで全くそれが望めません。

「まぁこの霧だし仕方ない」

荷物を解いてお昼ご飯です。

 

 

「ヨシさんの分、先にお湯沸かしていいよ~」

私のバーナーを差し出しながら言いました。

「あ、ありがとう。これどう使うんだっけ?」

組み立て方を伝えるとヨシさんはお湯を沸かし、自身のカップラーメンに注ぎました。

その向かいであきにゃんさんはカレーうどんを作り、ともさんはお握りを頬張っています。

 

考えてみれば不思議です。

オンロードツーリングでは美味しいお店を巡るのに、林道ツーリングでは大抵皆、インスタントラーメンやお握り等、簡素な食事のみで済ませます。

これで満足感が得られるのですから、とても経済的かつシンプルなツーリングなのかもしれません。

 

ヨシさんのお湯が沸いた後、私の分も沸かして注ぎます。

 

 

「午後からは、もう一つのダートに行ってみようと思います」

あきにゃんさんが言いました。

「あ、今まで行ってなかった方のやつですか?」

「はい」

先程走ってきたダートはとてもフラットなので過去何度も走って来たのですが、もう一つのダートは天候により道が荒れてしまい、『ちうさんにはまだ無理』と言われ、走った事がなかったのです。

 

「え、でも私大丈夫なんでしょうか…」

不安に思いそう訊ねます。

『無理』と言われた時代から、自分が上達したとは到底思えないのです。

「多分大丈夫です。あそこの道、最近ようやく整備されたらしいんで」

「あ、そうなんですか?」

「はい、だから行ってみようかと」

 

 

いつもツーリング先で食べるカップラーメンはとても美味しく感じるのですが、珍しく途中から喉を通らない感覚でした。

 

あれ?

と思いましたが、なるほど私は緊張しているんだなぁと納得します。

初めて走るダートへ今から入るというだけで、未だこんなに緊張してしまうのです。

いつになったらこの感覚に慣れるのかなぁ、とちょっと不安になりました。

 

 

 

「すみませんっ、 無理です! 引き返してもいいですか!?」

叫ぶように私が聞きます。

 

もう一つのダートに入り、陥没と轍とゴロゴロの石とに進み続けるのが怖くなったのです。

 

事前に言われていた、『無理そうだったら引き返しましょう』とのあきにゃんさんの言葉に、縋り付く思いでした。

「あ、無理ですか? じゃあ分かりました」

でもここだとUターンが難しいから、もう少し進んだ先で引き返しましょうとあきにゃんさんが言ってくれます。

 

正直、もう少し進むのも引き返してここをまた走るのも怖かったのですが、そのくらいは頑張らないとと走り進めます。

 

「あれ? でもこの辺りはフラットですね」

少し進んだ先で、あきにゃんさんがそう言います。

 

確かに、土砂や石が端に積み上げられており、フラットになっていました。

「あ、ホントだ。荒れていたのはあのエリアだけだったんですかね?」

そうなのだとしたらこのまま進もうという事になります。

 

 

その後は私でも走れるくらい、平坦なダートでした。

「あぁ~良かった。このくらいなら楽しめます」

私が言うと、あきにゃんさんとヨシさんから笑い声が起こります。

 

 

前方を走るあきにゃんさんのバイクが滑りました。

「おわっ! 滑りました」

「大丈夫ですか~?」

余裕ぶって質問した私も、同じ箇所で横滑りします。つるんとした感覚にヒヤッとしました。

幸い私もあきにゃんさんも転倒せずに済みました。

「お二人とも大丈夫ですか? 落ち葉が濡れてるんで…おわーっ!!」

後方を走るヨシさんからも悲鳴が上がります。

「だ、大丈夫?」

「うん、滑った」

どうやら皆で仲良く滑ったようです。

「後ろのともさんは平気かな?」

私が聞くと、

「転倒はしてないようだよ。でも、案外『前の三人滑ってるなぁ』って思ってたりして」

ヨシさんの言葉に笑ってしまいました。

 

 

ダートを抜けるとホッとひと息吐きます。

私にとっては結構な難易度でしたが、これでもまだまだ『初級レベル』なのでしょう。

 

 

 

舗装路の長い峠道を抜けると、ようやく里に下りてきました。

道の駅で停車し降車すると、

「いやぁ~大冒険でしたね!」

「ホントに!」

と笑い合います。

そうして4台のバイクが泥だらけになっているのを確認し、また4人で笑い合いました。

 

 

「じゃあお気を付けて!」

「はい、今日はホントにありがとうございました」

 

 

私だけ高速を使って帰らないと無理な距離だったので、あきにゃんさんとともさんに手を振って別れました。

ヨシさんは近くのコイン洗車場まで付き合ってくれます。

高速に乗るのに、こんな泥だらけのバイクでは恥ずかしいと私が言ったからです。

 

 

「楽しかったね~」

ヨシさんの言葉に大きく同意します。

「何より、あのダートをちゃんと走りきった事でまた少しだけ自信が持てた」

「そっか、それは良かった」

 

 

 

「いい? 行っくよ~!」

「はーい」

放射される高圧洗浄の水流を受け、セローにこびりついていた泥汚れがたちまち流れ落ちていきます。

 

それを見て、あぁ泥まみれで遊んだんだなぁとほんわかしました。

 

グルメもファッションもそっちのけで遊び回るツーリング。

それはオフ車ならではの楽しみ方なのかもしれません。