『ちうさん、今度の土曜日ツーリング行かない?』
ヨシさんからそんな連絡をもらったのは9月上旬の事でした。
『うん、行く行く~』
と答えながらも、『週末』でも『休日』でもなく、『土曜日』と限定して来たことに内心首を傾けます。
ツーリングは天候に左右される為、予報で天気のいい日を選ぶのが慣習でした。特に最近は天候が不安定な為、直前までどうなるかが分かりません。土曜日に限定した事に何か意味があるのかと思い、
『その日、何かイベントでもあるの?』
と聞きますが、特にそういう訳ではないと答えられました。
『ふぅん』
とこぼし、じゃあ集合場所と時間はどうしようかと持ちかけると、
『集合はいいよ。フューリーで迎えに行く。バイク装備の準備だけしといて』
と言われました。
『え?』
『タンデムツーリングになるから』
タンデムとはバイクでの二人乗りの事です。
『え、っと…。私セロー持ってるんだけど?』
と当たり前の事を戸惑いながら返します。バイク乗り同士がタンデムツーリングをする事はほぼないのです。当然の事ながら皆、自分のバイクを運転したいので。
『そうなんだけど、今回は別。まぁ当日になれば分かるよ』
と意味深な事を言われました。
日時だけを告げられ、ツーリング先もルートも秘密なようでした。
まるでミステリーツアーみたいだなぁと思い、あ、でもバイクだからミステリーツーリングになるのか。などとどうでもいい事を考えていました。
当日の朝。
大型バイク特有のエンジン音が聞こえたので戸外に出ていきます。タンデムとはいえ、通常のツーリングと同じようにバイク装備を身につけヘルメットも装着していました。
「おはよー」
「おはよー。今日も暑くなりそうだね」
と一頻り挨拶を交わし、
「さぁどうぞ」
と後ろに跨るよう促されたので、「では」と肩に手をかけタンデムシートに跨りました。
インカムを繋ぎ、
『じゃあ出発!』
と走り出します。
タンデムシートからでは、見える景色が全然違いました。前方を見る事は出来ない為、流れゆく街の光景を呑気に眺めていられます。
国道134号線に入ると、海沿い特有の爽やかな風を受けます。
『やっぱり湘南はまだ夏だなぁ』
とヨシさんが言いました。
真っ黒に日焼けした人達がサーフボード片手に歩いています。上半身裸の男性や、中には水着姿のまま歩く女性もおり、露出度の高さやよく日焼けした肌の人達を見ると、まるで異国のビーチリゾートに来たのかと見慣れた私ですら錯覚しそうになります。
江ノ島にバイクを停めます。
でも江ノ島の観光スポットはもう嫌という程見て来た為、なにもこんな混雑している時間帯に行くこともないかという結論になりました。道を突き当たりまで進むや階段を上がり、足つぼロードを目指します。
ブーツを脱いで足つぼロードに上がるや、

「痛い痛い! え~、ちうさんマジで? これ平気なの?」
ヨシさんが絶叫しながら怖々と進んで行きます。
「え。私そこまで痛くないかも」
ヨシさんを追い抜いてスタスタ歩いて行くと、
「え~マジで~? ホントかよぉ」
と言う情けない声が遥か後方から聞こえて来ました。

路地裏には猫がいました。
やっぱり『猫の島』と呼ばれるだけあるなぁと思いながら写真を撮ります。
「あ、でも。江ノ島に来るんだったらタカさん達にも声掛ければ良かったね」
前回のツーリングで、今度江ノ島をご案内しますと言っていたのです。
「うんまぁでも。今日はちょっと…ね」
とヨシさんが曖昧に返しました。
江ノ島を出て、サザンビーチを目指します。
『あれ、入れない』
サザンCのオブジェ前で写真を撮りたかったようですが、まだシーズン中だからでしょう。立ち入り禁止となっていました。
やむなく、その手前でバイクを停めて写真を撮ります。


そうこうしている間にも、後から後から人や自転車が歩いて来ますし、後ろからも車が来ました。
「なんか…落ち着かない」
「そうだねぇ。じゃあもう行こっか」
装備品を身に着けバイクに跨り出発します。
『やっぱり湘南は混みますなぁ』
「まぁ、まだ夏だからねぇ。冬ならもう少しゆっくり見られるんだけど」
言いながら、そんな事はヨシさんだって百も承知だろうに、何故今この時期に湘南ツーリングなのだろうかと疑問に思います。
「ねぇ」
信号待ちで停車したヨシさんに、堪りかねて詰め寄ります。
「今日は何が目的なの? 呑気に湘南ツーリングしに来た訳じゃないよね」
『勿論、違うよ』
ハッキリと答えられ、多少面食らいました。
「じゃあ一体…」
青信号に変わり、ヒューリーの加速と共に私の言葉は掻き消されました。
『まぁ、行けば分かるって』
カラカラとした笑い声が聞こえてきました。
フューリーが茅ヶ崎市内を爽快に走り抜けます。
『サザンロードだって。すごい名前の通りだね』
ヨシさんが看板を指差しました。
「うん、茅ヶ崎と言えばサザンだからねぇ」
湘南ならではという感じの、お洒落でカラフルなカフェが建ち並んでいました。
やがて市街地のバイク駐輪場に入って行きます。
「ちうさん、ここからは歩きになるけどいいかな?」
「うん、もちろん」
装備品を外しながらそう答えます。
「ごめん、目的地に駐車場がないからさ」
「あ、そうなんだ?」
珍しいなと思いました。
ツーリングの目的地は、当然のことながらツーリングスポットを想定するのが当然で、そしてそこに『バイク駐輪が出来る事』は絶対条件なのです。
今回のツーリング先がその条件に当て嵌らないのは何か理由があるのかもしれないと思いつつ、今日ここに至るまでにヨシさんが打ち明けなかったということは、何か思惑があるのかもしれないとも察していました。