アクセルグリップ握りしめ

オフロードバイク、セローと共に成長していく、初心者ライダー奮闘記

クリア~大阪卒業旅行 その③

パーク内に足を踏み入れた途端、ダッシュで園内に向かう人達が多数いましたが、私達は端っこに寄ってタロウの整理券申請手続きが済むのをじっと待ちました。

「あ、ニンテンドーワールドの整理券取れた」

「え、取れたの!? ホントに?」

スマホを操作するタロウに、嬉々として問い掛けます。

「うん、やっぱり朝イチだったからね」

余裕だったよ、とタロウは事も無げに言うや、

「ただ、指定された入場時間までまだちょっとあるから。どこか他に行きたいアトラクションとかある?」

と全員の顔を見回して聞いてきます。

私も姉夫婦も、子供達の喜ぶ顔が見れればそれで充分だと思っていたので特に希望はありません。甥や姪は、アトラクションの知識そのものがない為か、キョトンとしていました。

全員の反応を見て状況を察知したらしきタロウは、

「えっと、じゃあ…」

スマホで園内マップを確認し、

ジョーズ、とかどうだろう? これも人気アトラクションだし。今ならすぐ乗れるみたいだけど」

「おぉ、いいねぇ。ジョーズ!」

以前乗った事がある私は即座に賛成します。姉一家もじゃあそれにしよう、と言いました。

 

 

ジョーズの待ち列は短く、建物内の行列用通路をぐるぐると進んで行きました。

「ねぇ、これってどういう乗り物なの?」

歩きながらのMちゃんからの質問に、「船に乗るんだよ~」と私が答えます。

「船、揺れるかなぁ?」

乗り物酔いしやすい姪はその心配をしていましたが、実際は水の上をレーンで進んで行くだけなので、船酔いはまずしないだろうと微笑んでいました。ですが、ここでその種明かしをするのは興醒めなので黙っている事にします。

「これって、絶叫系? 落ちたり飛んだりする?」

Sくんの不安げな質問に、

「いや、それもないよ」

とタロウが答えます。

「船旅を楽しむ乗り物だから。大丈夫」

と、ネタバレしないよう慎重に従兄妹達に説明していました。

 

 

私達が乗車を促されたのは最前列でした。

「わぁ~。最前列は私達も初めてじゃない?」

「そうだね」

私の言葉に、タロウも楽しげに応えます。

 

やがて。順調かと思われた航行にトラブルが発生し、巨大鮫の攻防に劣勢となるや、隣のSくんが本気で身を硬くしたのが分かりました。

「大丈夫だよ~」

と手を握ると、反対側に座る姉も自分の息子の手を握っていました。

とある場面で水飛沫がかかり、皆でキャーと、悲鳴とも歓声ともつかない声を上げ、アトラクションは終了します。

 

「いやぁ~楽しかったね!」

「すごい、迫力あった」

と楽しそうな子供達の声を聞いて、なんだか嬉しくなります。

せっかくなので、ジョーズのモニュメントで写真撮影をしました。

 

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「よし、じゃあそろそろ入場出来るよ」

タロウの案内で、ニンテンドーワールドへと向かいます。

「わぁ、いよいよ行けるんだね」

なんだか私まで気分が昂って来ました。

 

 

入り口で整理券の確認をされ、そこを通過するとスーパーニンテンドーワールドの入り口が見えて来ました。

 

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トンネルを抜けると、そこは完全にかのゲームの世界が広がっています。

「わぁ~すごいすごい!」

子供達よりも誰よりも、私が一番はしゃいでいたかもしれません。

数年も前から、タロウが来たいと言っていたニンテンドーワールド。無理かもしれないと諦めかけてもいました。今この瞬間、そこに入れたというだけで、なんだか感涙にむせびそうにまでなってしまいます。

「ねぇねぇ! 子供達3人そこ並んで~」

そう言って、ゲーム世界を背景に写真を撮ります。

 

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『パワーアップバンド』の売店を指差し、

「これ、買っておいた方がいいよ」

とタロウが言います。

「へぇ~。これって何?」

と姉が聞きました。

「エリア内の色んなゲームが出来たり、はてなブロックを叩くとコインをゲットする音が出たりするアイテム。逆にこれがないと、このエリアはあんま楽しめないかも」

タロウの言葉に購入を決意しますが、お値段は一つ4,400円。

「…こ、子供達の分だけでいいか」

「そ、そうだね。そうしよう」

姉と言い合いそのバンドを購入します。

 

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子供達は嬉しそうに、そこらにあるはてなブロックを下から叩いてコインゲットの音を立てていました。

「じゃあ、アトラクションはどれに乗ろうか?」

とタロウが聞きます。ですが、一番人気の『クッパの挑戦状』は既に100分待ちになっていました。

そこで、待ち時間が比較的少ない『ヨッシーアドベンチャー』に乗ることにしました。

 

 

ヨッシーに乗車するや動き始めます。

「わぁ~すごい! ホントにゲームの中の世界だよ。ねぇ、あのキャラは何ていうの?」

隣のタロウに指差しながら聞くと、その都度キャラクターの名前と特性を丁寧に説明してくれました。

「すごいね~。ゲームの世界がリアルに再現されてる」

ゲームはからきしダメな私でも、マリオは知っています。そんな私ですらこんなにも興奮するのです。ゲーム好きなタロウはもっと喜んでいるのかもしれません。

 

アトラクションを降りると、エリア内のあちこちにあるミニゲームに参加しました。

 

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バンドを装着している人限定で参加出来るそのゲームは、クリアする度にキーポイントがゲット出来るというシステムでした。

タロウとSくん、Mちゃんの3人は、協力し合ってゲームをクリアしていきました。

やがてキーポイントが3つ溜まると入場可能なアトラクションに入っていきます。

そこはポイントを溜めたバンド所有者しか入れない所だったので、大人達は外で待機する事になりました。

 

「タロウくんがいてくれて良かったよ」

姉の言葉に、「それはこちらのセリフだよ」と返します。SくんやMちゃんの存在がなければ、エリア内のミニゲームに一人で参加するのは恥ずかしかったでしょうし、そもそもUSJに来る事もなかったでしょう。

今を楽しく過ごせているのは明らかに姉一家のお陰なのです。

「いや、だってウチの子達って水と油だから」

二人で何かさせると必ず喧嘩しちゃうのよね、と笑います。

「だから今、タロウくんがウチの子達を面倒見てくれててホントに助かってるよ」

そう言ってもらえてなんだか嬉しくなりました。

 

 

ゲームをクリアして戻って来たら、甥も姪も疲れ顔になっていました。 考えてみれば、早朝からずっと歩きっぱなし、立ちっぱなしです。

キノコ型の椅子に腰掛け皆で休んでいると、

「ちょっと俺、飲み物か何か買ってくるよ」

タロウの言葉に腰をあげかけると、

「いいよ、俺が買って来るから。皆疲れてるでしょ。座って休んでて」

と言い残しショップの列に並んで行きました。

それを聞いたMちゃんが、自分で選びたいと立ち上がり、それに付き添う形で姉も一緒に並びに行きます。

 

 

『皆疲れてるでしょ、休んでて』、か。

もうそんな事が言えるようになったんだなぁ。

息子の優しさと頼もしさを、ここで改めて実感したのでした。

憧憬~大阪卒業旅行 その②

翌、早朝6時。

ホテルの一室で簡素な朝食を済ませた私とタロウは、大阪駅目指して歩き始めます。

梅田と呼ばれるその辺り一帯は昼夜は多くの人々で賑わうのですが、まだ早朝の為かひっそりと静まり返っていました。

大阪駅から環状線内回りに乗り、西九条駅ゆめ咲線に乗り換え『ユニバーサルシティ駅』で下車します。

 

待ち合わせ場所に、姉一家の姿がありました。

「こんにちは~」

と私が手を振ると、「叔母ちゃーん」と姪っ子のMちゃんが真っ先に抱きついて来てくれました。

「Mちゃん、久しぶり~」

姉とも、「きゃ~」と言い合いながらハグをして、甥っ子のSくんには「よぉ」とグータッチします。

姉の旦那のAさんには、「どうも、今日はよろしくお願いします」と会釈しました。「いえいえ、こちらこそ」と丁寧に会釈を返してくれました。

隣でタロウも全員に挨拶を交わしています。

 

 

そうして6人で、今回の旅行の目的地、USJ目指して歩き始めたのです。

まだ7時前だというのにチケット売り場は長蛇の列でした。

「事前にチケット買っておいてて良かったね~」

「うん、ホントに」

姉と言い合います。

 

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入場ゲートに並びながら、タロウが全員分のチケットのQRコードを読み込み、公式アプリに登録しました。

「入場したら、すぐ整理券取るんで」

「タロウくんホントありがとう。助かるわ~」

スマホを操作しているタロウに向かって姉がそう言い、「私も自分なりに調べたけど、なんかよく分かんなくって」と続けます。

「うん、私もさっぱり分かんなかった」

と私も苦笑しました。

 

 

USJに行きたいな…」

ポツリとタロウが呟いたのは中学生の頃でした。

その頃は、まだ全てが平穏でした。

「じゃあ、中学の卒業旅行ででも皆で大阪行こっか」

とごく気楽に笑い合っていたのです。

ところが、中学を卒業する頃には新型コロナウィルスが蔓延しており、世の中はそれどころではなくなっていました。

その後状況は目まぐるしく変転し、落ち着いた頃にはタロウはもう高校生になっていたのです。さすがにテーマパークに興味がなくなっている年代だろうと思っていましたが、ある日ポツリと

USJ、行きたかったな…」

と呟いたのです。

「え、じゃあ」

私は即座に言葉を続けます。

「行く? 一緒に」

「う~ん…」

タロウは逡巡しますが、

「いや。さすがにこの歳で母親と二人でテーマパークはちょっと…」

と苦笑されたのです。

まぁ、それもそうかと私も思い、その話はそこで終わりとなりました。

 

 

『ねぇ。じゃあ、ウチと一緒に行かない?』

姉がそう提案してくれたのは、その数日後の事でした。

「え、ホントに? お姉ちゃんの所からだと遠くない?」

『大丈夫だよ。私も一度は行ってみたかったし』

行こうよ一緒に、と誘われた事で話が一気に進みました。

タロウにその話を持ちかけると、SくんとMちゃんが一緒なら、と嬉しそうに答えたのです。

 

タロウと二人暮らしになってから、姉一家とはそれまで以上に親しくさせてもらって来ました。

スケジュールを合わせて実家に帰省して集まったり、姉一家の家族旅行に混ぜてもらったり、お互いの家を行き来して泊まり合ったり。

姉宅の飼い犬から私は異常に懐かれ、眼鏡のレンズごと顔をベロベロ舐められる状態に辟易しつつも、ここはあたたかい家庭だなぁと和んだものでした。

姪っ子Mちゃんは無邪気に甘えてくれ、甥っ子Sくんは少し照れながらも、好きな分野の話を饒舌に語り掛けてくれます。

私はタロウに向けるのと同じく、姪っ子甥っ子の成長も微笑ましく眺めていました。

それは一人っ子であるタロウにとっても同様だったようで、僅かな自分のお小遣いから従兄妹二人へのプレゼントを買ってはせっせと贈ってあげたりと、何かと可愛がっているようでした。

 

 

そうしてUSJ行きが決まり、お互いの日程を合わせ、新幹線のチケットや宿を確保するところまでは順調でした。

ところが。

USJのシステムを調べるほどに、混乱していきます。

USJにはワンデーパスの他に、エキスプレスパスというものが存在しているようでした。

タロウや甥っ子が行きたがっているスーパーニンテンドーワールドというエリアは混雑時には入場制限がかかってしまうのです。

ワンデーパスを買っただけでは、アトラクションはもとより、その人気エリアに入る事すらままならないそうでした。

旅行の予定は春休み期間の混雑シーズン。

ならば、せっかく遠方から行くのだからエキスプレスパスとやらを買おうかと調べましたが、行く予定日の一番安いエキスプレスパスだけで一人2万2000円もしました。

え、…え?

しかもエキスプレスパスには入場料が含まれていません。という事は、ワンデーパスを含めると一人3万円以上かかってしまう事になります。

私は大阪までの交通費や宿泊費、そして旅行期間中にかかる飲食代やテーマパークでのチケット代をざっと計算し、

「無理だ…」

と諦念を抱いたのです。我が家の経済状況を考えると、そんな贅沢はとても叶いそうにありません。

姉にその旨を伝え、今回の大阪旅行は辞退する方向で話を進めました。

『う~ん…。確かにウチも、全員分のエキスプレスパスとやらを買うのは厳しいけど』

なんせ家族全員分で9万近くもかかっちゃうしね、と言って少し考えた後、

『ねぇ、ワンデーパスでいいからやっぱり行くだけ行ってみようよ。それで楽しめるだけ楽しめればそれでいいんじゃない?』

姉からの提案で、とりあえずワンデーパスで行ってみることにしたのです。

 

 

その後タロウが、USJについて細かく調べてくれました。

ワンデーパスだけでも、USJ公式アプリからパーク入場後に整理券を取れば人気エリアに入る事は可能らしいとの事でした。

その為には、入場前に全員分のQRコードを読み込んでおいた方がいいとも言われました。

その他にも、開園30分前くらいにはゲートが開けられるから早く行って並んでおいた方がいい事、パーク内での食事事情やトイレ情報、アトラクション情報なども詳しく調べていました。

『タロウくん色々教えてくれてありがと~。当日はよろしくね』

『いえいえ。自分も新しくなってからは初めて行くんで楽しみで』

『うん、楽しみ』

『ね~楽しみだね!』

姉一家とのグループLINEではそんなやり取りが交わされました。

 

 

「皆様、お待たせ致しました! いよいよ開園でございます!」

今か今かと待ち望んでいたゲート前の行列に、高らかなアナウンスが響き渡りました。

軽快なファンファーレと共に、ゲートが開かれます。

と同時に、並んでいた人々が次々に入園して行ったのでした。

目的のニンテンドーワールドには、果たして入れるのだろうか?今日という日を楽しめるのだろうか?

期待と不安に胸高鳴らせながら、私も入園ゲートをくぐり抜けたのでした。

郷愁~大阪卒業旅行 その①

「大阪…」

「…だね」

新大阪駅のホームに降り立った私と息子は、半ば放心状態でそう呟きました。

立ち止まっている私達に後ろから「チッ」と舌打ちされたので、「あ、すみません…」と脇にどくと、背広服姿の男性が苛立ったように追い抜いて行きました。

とりあえず進もうか、と目を合わせてホームを歩み始めます。

「いやぁ~。長旅だったなぁ」

伸びをしながら私がそう言うと、

「よく言うよ」

と息子のタロウが呆れ顔で返します。

「新幹線の中でずっと寝てたじゃん」

バレてたか、と舌を出しました。

「大阪、何年ぶりだっけ?」

「さぁ…」

タロウは首を傾げて考え、「5年ぶりくらい?」と答えました。

 

 

今回の大阪行きが決まった当初、私はホテルのチェックイン時間に合わせて夕方に着くよう新幹線のチケットを取るつもりでいました。

でも、

「せっかくだから、大阪に住んでた時のマンションを見に行ってみようよ」

とタロウが言い出したのです。私は内心「へぇ~」と驚いたものです。

タロウは大阪在住時代はもとより、二人暮らし以前の生活についての話題を持ちかけるだけで、「知らない」「忘れた」「覚えてない」と素っ気なく返して来ていたのです。

私に苦い思い出があるように、息子にとってもまた、触れられたくない過去があるのだろうと解釈し、話題に出さずに来ていました。

今回高校卒業という一つの区切りがついた事で、タロウは過去と向き合おうとしてるのかもしれない。

そう思い、出発を早めて午前中には大阪に到着するチケットを購入したのです。

 

 

大阪市営地下鉄御堂筋線に乗り換え、目的地を目指します。

エスカレーターに乗った際、

「母ちゃん、右だよ、右」

とタロウから言われ、「あ。そう言えばそうだった」と慌てて右側に寄りました。大阪ではエレベーターは右に寄るルールなのです。

目的の駅に着いて歩き始めると、私達はひたすら「懐かし~い」「変わってないなぁ」と連呼し続けます。

 

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「この道の緩やかな傾斜も、疲れて帰って来た時にはしんどかったよね」

「確かに」

言いながらタロウはぐんぐん進んでいきます。

タロウの後ろ姿を眺めながら、本当に大きくなったなぁと実感しました。

先日紳士服のスーツの採寸をして貰った際、「あぁ、結構肩幅ありますね」と店員さんから言われたのです。

背も伸び、高校の制服は二回も丈を長くしました。肩幅もガッチリして、見るからに逞しくなっています。

大阪で暮らしていた時のような幼さやひ弱さは微塵も感じられません。

 

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「あぁ~懐かしいなぁ」

「ホントだね」

マンションを見上げながら、

「ねぇ。タロウ覚えてる?」

「覚えてない」

まだ何も言ってないじゃん…と思いつつ、

「2016年の8月1日」

と続けます。

「随分具体的な日付けだな。何の日?」

「タロウが裸足で家出した日」

「覚えてない覚えてない」

「探しても中々見つからなくって、結局警察のお世話に…」

「覚えてない覚えてない。一切、覚えてないっ!」

絶対記憶にあるだろうその態度に、思わず吹き出してしまいました。

 

 

「ほ~ら、キミが野球をしていた校庭だよ~」

小学校のグランドを指差し私が言うと、

「…あんまいい思い出ない」

とタロウが呟きました。

「まぁ、野球は下手…あまり上手くなかったからね」

と苦笑しました。

 

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「あぁ~美味しい。色んな所のたこ焼き食べたけど、ここのが一番美味しいと感じてたんだ」

「うん、俺もそう思う」

私もタロウも、たこ焼きの味付けはいつも『塩マヨネーズ』一択でした。

12個入りを一箱買い、ベンチで半分ずつ食べます。出汁がきいていてふんわり柔らかく。中に入っているタコもプリプリでホクホクしながら平らげました。

 

「さて、次は何処に行こうか?」

「ノープラン」

「だよねぇ。やっぱ、道頓堀?」

「そうだね」

万博記念公園大阪城通天閣などのメジャースポットは在住期間中に行っており、「もう行かなくていいか」となっていました。

 

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有名なグリコの看板をバッグに写真を撮り、近くの喫茶店に入ります。お昼ご飯はたこ焼きしか食べていなかったのでサンドイッチも頼みました。

クリームソーダを頼むタロウを見て、少し微笑ましく感じます。

 

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「タロウはさ」

卵サンドを頬張りながら、ずっと気になっていた事を聞いてみます。

「出身はどちらですか?って聞かれたら何て答えるの?」

「え~?う~ん…」

クリームソーダのソフトクリームを細長いスプーンで掬い取ると、

「別に何処とも」

と答えて口に運びます。

「でも、この先絶対そういう質問はされると思うんだよね。出身はどこか?実家はどこか?って」

「あぁ、まぁ。あえて言うなら広範囲な意味で『神奈川』だよね」

「うんまぁ。実際生まれたのは神奈川で間違いないしね」

ですが。

タロウは幼稚園から中学校までという、子供時代の大半とも呼べる期間を大阪で過ごしたのです。

その時間が、タロウの人格形成に少なからぬ影響を与えたであろう事は確かだろうと思いました。

 

 

タロウが裸足で家出したあの時。

まだ小学5年生でした。私はタロウの友好関係も行動範囲も、全て把握しているつもりでいました。しかもタロウは裸足で家を出ています。すぐに見付けられるだろうと高を括っていたのです。

ですが、探せども探せども見付かりません。

やむなく警察に通報し、捜索に協力していただきました。

その後30分足らずで保護されました。

警察の方々に平謝りし、タロウの無事を安堵すると共に、私はタロウの事なんかほとんど理解出来ていないんじゃないか、とその時考えたのでした。

母親は胎内で子を育て、この世に産み出します。そのせいかどうか、良くも悪くも、子供を自分の一部のように捉えてしまう側面があるのでしょう。

 

でも、この子は私の一部のように掛け替えのない存在でありながら、独自の人格と意思を持っている。その事をその時初めて実感したのでした。

 

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夕飯は、551蓬莱というお店で豚まん、あんまん、焼き餃子を買って、ホテルの一室で済ませました。

「やっぱりここの豚まんは美味しいよねぇ」

「ホントだねぇ」

と言いながら、思い出の味に舌鼓を打ち語り合います。

 

「おやすみなさい」

「うん、おやすみ~」

灯りを消すとほどなくして、タロウの静かな寝息が聞こえて来ました。

時代の変遷

あ、江ノ電だ。

ミラーを確認すると、後方から江ノ電こと江ノ島電鉄の車両が近付いて来ているのが分かりました。

 

国道467号線。

そこは街中を走る江ノ電と一般車両とが一緒に走る道路なのです。

どうしよう、と一瞬考えます。

これまでにも江ノ電と並走した事はありましたが、すぐ手前の箇所ではレールと一般車両の道とが交差されていました。

私はこの道が、電車優先なのか一般車両と同じように走っていいのか、その判断が付かずアクセルを緩めました。

と、途端に後ろの乗用車から煽られてしまいます。

あ、行ってもいいんだ?

どうやら走っている順で進んでいいものらしいと分かり、私はすぐさまアクセルを戻しました。

 

 

 

 

国道134号線に入ると、綺麗な青空と海が広がっていました。

何度も走って来たからでしょう。この道に来るとホッとします。爽やかな潮風を受けながら滑らかに走り抜けます。

 

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道を折れ、何の変哲もない住宅地に入り込みました。

そこは車通りも殆どなく堤防も低いため、海を背景にバイク写真を撮るのに最適なのです。雪山の富士山も見えました。

ひとしきり愛車の撮影会を終えると、本日の目的地へと向かいます。

 

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その美術館は、有難いことにバイクの駐輪は無料なのです。

セローを停めるや、バイク装備を外していきます。

そこで気付きました。マスクを忘れて来てしまったのです。

まぁ、大丈夫かな?

一時期に比べマスクは自主性に任せられるようになりました。マスク無しでの入館を断られることはまずないでしょう。

 

 

清潔なロビーを抜けると、企画展のチケットを購入します。

 

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『移動するモダニズム展』。

好きな画家さんの出展もあるので、是非観に来たいと思っていました。

 

 

数々の展示作品をじっくりと観て回ります。

妖艶なものから日常のコミカルな一場面、凄惨な光景まで。様々なジャンルの作品が展示されていました。

関東大震災がテーマの作品では、瓦礫に埋められ苦痛に呻く人々の姿も描かれています。

どうなんだろう?と私は首を傾げました。

震災と言えば東日本大震災、もしくは阪神淡路大震災を思い浮かべます。

もし今、その震災で苦痛に喘ぐ人々を描き、『作品』として売り出すアーティストがいたなら。現代ならば世間から『不謹慎』との謗りを受けるのではないのでしょうか。

この時代は今とは感覚が違ったのかもしれない。そう思うと、そこにも年代差を感じてしまいました。

 

 

 

観覧が済むと、庭園を散策します。

 

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海辺に建てられた美術館の為、庭園からは砂浜と海が綺麗に見渡せます。

 

私はベンチに腰掛け、ふぅ、と息を吐きました。

暑気あたりという言葉がありますが、熱気のようなものにあたったような独特の疲労感がありました。

思えば、それほど時間が経過した自覚もなかったのに二時間近くも観覧していたのです。

 

 

今日この後どうしようかなぁ?と考えますが、この疲労を伴ったまま走り続ける気にはなれませんでした。

気ままに走り出せ、自分本位に中断出来るのもソロツーリングのいい所です。

今日はこのまま帰ることにします。

 

 

バイクに戻るや外していた冬用装備を身に着けます。

ナビを自宅にセットするや、来た道を戻り走り出しました。

 

 

ビーチと言えば、冬は閑散としているイメージですが、湘南の海は年中賑わっています。

サーファー達が波乗りを楽しんでいますし、親子連れやカップルと思しき人達が砂浜を散策している姿も散見されました。

平和な光景だなぁと感じます。

 

 

走りながら、先程観て来た展示作品のことを考えます。

明治から大正、昭和初期にかけて。

まさに、激動の時代とも言えるでしょう。

政治経済の変遷と共に人々の生活様式も大きく変わり、そしてそれは芸術作品にも多大なる影響を与えていきます。

それまでの芸術の在り方そのものが見直され、日本の芸術家達はこぞって海外に出帆し、新しい表現技法を習得していきました。

 

 

 

時代の変遷。

平成から令和に元号が変わり、もうすぐ6年が経とうとしています。

明治大正の頃と比べれば、平成から令和への移行など、さほどの違いがあるようには感じられませんでした。

 

 

ですがよく考えてみたら。

侵略戦争が勃発し、物価が高騰しました。税金と社会保険料も上がり、年金の受給額もどんどん下がってきています。

そして、新型コロナウィルスの蔓延。

 

思えば、あの美術館も。

初めて行った時にはコロナの影響で臨時休館となっており、庭園を散策する事しか出来ませんでした。

今日、マスクなしでも問題なく入館して観覧出来たのは、当時からすれば考えられない変化でしょう。

 

 

暗いニュースばかりが目立ち、人々の生活は苦しく、現代は決して明るい時代とは言い難いのかもしれません。

それでも私は、飢える事も凍えることもなく生活していけています。

それどころか、こうしてお天道様の下で趣味のバイクを楽しませて貰っているのです。

 

 

人の欲望には切りがありません。

衣食住に恵まれていても、ブランド物に目が眩み、煌めくアクセサリーを欲したりもます。どんどん進化していく電子機器類は最新の物が出る度買い替えたくなり、またプロの作る料理に舌鼓を打ちに行きたくもなります。

美酒に酔い、スケジュール帳を埋め尽くすように華やかなイベントに参加し、同じ世界に身を置く人達との交流をはかる。そんな生活は確かに充実していると言えるのかもしれません。

ですが、ふとした拍子に考えてしまうのではないのでしょうか。

『一体自分は、いつになったら幸せになれるのだろうか?』と。

本当に大切なものは、際限なく湧き上がる欲望を満たし続ける工程からは、決して得られないのだと私は思います。

そう。

ブランド物のジュエリーよりも、愛する者からのたった一輪のカーネーションの方が、はるかに重みがあるように。

 

 

『足るを知る者は富む』

 

 

昨日に続く今日がある。

たったそれだけの、その当たり前の日常に、私は感謝し続けよう。

そう思いながら、軽快にセローを走らせていったのでした。

江ノ島デートツーリング~後編

狭い階段道の道端には、店屋が立ち並んでいます。

「お団子美味しいですよ~。食べて行きませんか」

「お飲み物だけでもどうですか~?」

各店の店員さんから呼びかけられますが、私達は曖昧な笑みを浮かべてそこを通り過ぎていきます。

 

階段の踊り場からは海が見えました。

 

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「う~ん。綺麗な景色なのに、写真では中々上手く撮れないんですよね」

言いながら、その景色を目に焼き付けておこうと眺めます。

 

 

階段を降りて行くほどに、海が近付いて来ます。

「あ、釣りしてる人がいる~」

雪さんの言葉に見渡すと、確かに岩場で釣りをしている人が沢山いました。

「ホントだ。ここまで釣り道具を持って来るだけで大変そうですけど、結構釣れるんですかね?」

「どうなんだろう?」

雪さんも首を傾げます。

私も雪さんも。釣りという趣味を持ったことがないのでよく分かりませんでした。

 

 

やがて江ノ島岩屋に辿り着きました。

波の侵食によって出来た天然の洞窟なのですが、入洞料がかかるのでその手前で引き返します。

 

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釣り人達のいる岩場近くまで歩くと、江ノ島の入口まで運んでもらえる有料の定期船が出ていました。

ですが雪さんはくるりと振り返り、

「さて、では引き返しますか」

と言いました。

おぉ…マジですか。と内心驚きつつ、私も来た道を引き返します。

 

 

先程まで長らく下ってきた階段を、今度は延々と登らなければなりません。

思えば、過去に江ノ島に来た時には『エスカー』と呼ばれる展望灯までの有料エスカレーターを利用し、その後の長い階段を降りて来たらこの定期船に乗船して入り口付近にまで戻っていました。

江ノ島全ての行程を自らの脚で歩むのは初めての事かもしれません。

 

 

登り階段では半端ないくらいに息切れしました。心臓が口から飛び出しそうです。

「ちょっと…休憩しますか」

「で、ですね…」

私達は階段途中の平坦な木陰で、手摺に凭れて乱れた呼吸を整えました。

と、背後からカサカサっと、音が聞こえます。

「あっ、リスですよ」

雪さんが背後の雑木林を指差しました。

「ホントだ…」

一匹のリスが、木の枝をするすると移動しています。やがてその姿が見えなくなると、更に別のリスが現れました。

「野生のリス…ですかね?」

私が問うと、

「そうなんじゃないですかね? ここ、餌がいっぱいあるのかも。あっ、またいた」

「ホントだ、一体何匹いるんだろう?」

リスは生き生きと、枝から枝へと飛び回っています。結局、全部で約5、6匹のリスを見ることが出来ました。

その事に、私は妙に深い感慨を抱きました。

 

疲労を感じ、歩みを止めたからこそ目にする事の出来た光景。

それは人生においてもままある事なのかもしれません。

 

 

私と雪さんはそうやって、休み休みに長い階段を登りきり、また広場に戻って来ました。

「何か飲みません?」

雪さんの言葉に同意します。

長い登り階段に、結構汗もかいたのです。

それぞれ自販機で飲み物を買うと、売店でたこせんべいも購入しました。

 

 

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2枚入りだったので、2人で分けて食べます。焼き立てのたこせんべいはまだホクホクで、そして風で折れそうなくらいに儚げでした。

「そうそう! 雪さん、SSTRはどうでしたか?」

食べながら、ずっと気になっていた事を訊ねます。

 

SSTRとは、日の出と同時に太平洋側を出発し、日の入りまでに日本海側の千里浜なぎさドライブウェイをゴール地点とする、ライダー人気の一大イベントなのです。

雪さんがそれに参加し、無事ゴールした事はSNSの発信で把握していましたが、詳しい話はまだ聞けずにいました。

「うん。楽しかったよ~」

「出発日、結構な雨みたいでしたが大丈夫でした?」

「あぁ、そうそう! 出る時は小雨程度だったんだけど、段々雨が強くなって来て。しかも、結構寒い日だったから大変で」

雪さんが思い出を語ります。

それでも、天候が少しずつ回復して来てくれた事、太平洋側から日本海側まで一日で走り抜けられた事、無事ゴールが出来た感動。

全てがいい思い出となったと楽しそうに語ってくれました。

 

 

さてバイクに戻ろうか、と歩みを進めると、また先程の猫が歩いていました。

「あ」

周囲の子供達が触りたそうにうずうずしているので、また逃げちゃうかなぁと眺めていたら、立ち止まってくれました。

 

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そっと近付いて写真を撮らせてもらいます。

「いい写真が撮れました」

私がほくほくしながら笑うと、「良かった、目的が達成出来ましたね」と雪さんも微笑みかけてくれました。

 

 

雪さんのセローのエンジンが無事かかるのか、心配していましたが問題なくかかってくれました。

江ノ島までに数十分走った事と、太陽の熱を浴びて温まってくれた事も良かったのでしょう。

 

 

その後はレストランに入ってゆっくりランチを楽しみます。

パスタやグラタン、スープを味わいながらバイク談義に花を咲かせます。

 

そしてデザートに、注文していたダブルソフトクリームが届きました。

 

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「すごいすごい! 美味しそうですね~」

「やっぱり、ツーリングと言えばソフトクリームですよね」

「え、そうなんですか?」

雪さんの言葉に、キョトンと聞き返します。

「そうですよ~。ソフトクリームはライダーの義務です」

「ぎ、義務ですか。バイク歴4年でそれ、初めて知りましたよ」

確かに、ご当地ソフトクリームが各SAや道の駅で販売されています。それを味わうのもツーリングの醍醐味なのかもしれません。

笑い合いながら、そのソフトクリームもペロリと平らげました。

 

 

 

「では、今日はありがとうございました」

「こちらこそ、気を付けて帰ってね~。また会いましょ」

「はい、是非~」

手を振り合って別れます。

 

 

ニーグリップした時に。

脚全体のダル重さを感じながら、あぁ、明日はきっと筋肉痛なんだろうなぁ。と、どこか楽しく感じながら帰って行ったのでした。

江ノ島デートツーリング~前編

11月下旬。

朝晩が冷え込むようになりました。

目覚める時刻になっても、それまで身体をぬくぬくとあたためてくれていたお布団から抜け出すのには、中々の気合いを要する季節となります。

 

でも、今日の朝は違いました。

アラームの鳴る前からスッキリと目が覚め、起き上がるやシャッとカーテンを開きます。

窓ガラス越しに朝ぼらけの冷気を感じ取っても、気持ちは高鳴るばかりでした。

 

 

朝食と掃除等、朝のルーティンワークを終えると、そそくさとバイク装備を身に着けます。

秋用の薄手のジャケットにしようか、真冬用のそれにしようか、ギリギリまで迷いましたが、結局真冬用のを装備することにしました。暑ければ脱げばいいけれど、寒さは調整出来ないからです。

ヘルメットを装着し、セローのカバーを外すやエンジンを始動させます。

 

 

「おはようございまーす!」

集合場所に、雪さんのセローが滑り込んできます。「今日はよろしくお願いします」と続けようとしましたが、雪さんはヘルメットのシールドを開けるや、

「ちうさん、ごめーん。今朝この子、エンジンの掛かりが悪くて…。エンジン切っちゃったらまた掛からないかもなの。このまま出発でもいい?」

申し訳なさそうに言いました。

「え、それは大変! はい、じゃすぐに出発しましょう」

気温が低くなるとよくある事ですよね~と言い合いながら、そそくさと準備し、慌ただしく発進しました。

 

 

雪さんの先導で、街中を走り抜けていきます。

 

今日はバイク女子仲間、雪さんとのデートツーリングです。

雪さんとはランチ会をしたり自宅に遊びに来てもらったり、お裾分けを渡し合ったりと、交流を続けてきていました。

でもバイク絡みではなかったので、このブログに登場する機会は中々なかったのです。

今回久々に一緒にツーリングが出来て、嬉しく思います。

 

インカムを繋げられないので、赤信号で隣合うたびに、シールドを上げて会話し合いました。

なんだかそれも新鮮に感じます。

その都度頬に冷気を感じたので、冬用のジャケットを着てきて良かった、と思いました。

 

 

国道134号線に入るやのびのびと走り抜け、『江ノ島入口』交差点を折れていきます。

そう。

今日の目的地は江ノ島なのです。

 

江ノ島は有名な観光地であり、ライダーにとっても人気のツーリングスポットではありますが、神奈川県内に住んでいるライダーはそう滅多に行かなくなってしまいます。

近すぎるからという理由もあるのでしょうが、そこまでの道のりが渋滞していて、のびやかな走りが中々出来ないから、というのが大きいのかと思います。

それでも、今日のツーリング先に私達が江ノ島を選んだのには理由があったのです。

 

 

駐輪場にお互いのセローを停めて、ヘルメットを脱ぐや、ようやくゆっくりと挨拶が出来ます。

歩くとなると今度は暑すぎるので、バイク用のジャケットは脱いで行く事にしました。

 

 

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「ちうさんと初めて会った時も江ノ島でしたよね~」

歩きながら、雪さんが言ってきました。

「そうでしたね。いやぁ、あの時は酷い土砂降りでした」

懐かしく思い出しながら目を細めます。

「あの時、あまりにも雨が降って来たんでヨシローさんと3人で、ヘルメット被って江ノ島内を歩きましたよね」

「そうそう! あれ、見た人はギョッとしたでしょうね」

笑い合います。

 

 

「いるかなぁ?」

足元をキョロキョロしながら私が言うと、

「とりあえず、登っていきましょう」

と雪さんが階段を指差します。

 

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江ノ島神社への階段を登り、そのまま広場を目指して歩き進めていきます。

遠足なのか修学旅行生なのか。小学生くらいのリュックを背負った子供達が、歓声を上げながら私達を追い抜いて行きました。

「今日はなんだか賑やかですねぇ。もしかしたら、そのせいで出て来てくれないかもしれませんね」

私が言うと、

「まぁ、とりあえず歩いてみましょ」

と雪さんが応えました。

 

 

 

私達が何を探しているかと言うと…。

江ノ島と言えば、江ノ島神社にたこせんべい、展望灯台江ノ島岩屋等、様々なイメージがあるかと思います。

ですが、地元民での江ノ島のイメージは『猫』なのです。江ノ島は別名『猫島』と呼ばれるほどに猫がたくさんいます。

江ノ島に猫が多い理由は、江ノ島の猫を島民が地域猫として保護し、共存が始まったからなのだそう。

江ノ島の路地裏に入ると猫が日向ぼっこしている光景も珍しくありません。恐る恐る近付いても人馴れしているのか、猫は動じることなく撫で撫でさせてくれる事が多々ありました。

 

今日は、その猫に癒されたいという目的でやって来たのです。

 

 

 

サムエル・コッキング苑の広場に辿り着くと、あちこちでイルミネーションの取り付け作業をしていました。

「わぁ~すごい。これ、夜に見たらさぞ綺麗なんでしょうね」

試運転なのか、あちこちのライトが点灯されていましたが、昼日中に見てもやはり太陽の光に負けてしまっていました。

 

 

江ノ島シーキャンドル、展望灯台に辿り着きます。

 

 

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「ちうさん、これ登ってみます?」

「いやいや、無理っす」

見上げるほどの螺旋階段に尻込みしてしまいます。

結局少しだけ階段を上がり、テラス席を一周歩いて下りました。

 

 

やがて店屋の並ぶお岩屋道通りを歩きます。

「あっ」

私と雪さんが声を揃えました。

黒と白模様の猫ちゃんが、優雅に歩いていたのです。

「わぁ~いたいた」

私が嬉しくなって声をあげます。

 

「猫だ! わぁ~可愛い、おいで~」

小学生の女の子達がわらわら駆け寄っていくと、その猫は建物の隙間から逃げて行ってしまいました。

 

 

「あ~行っちゃいました」

私が残念そうな声を出すも、

「まぁ、見れて良かったじゃない」

と雪さんが笑いました。

 

そうですね、と私も笑います。

陽射しもあたたか。

車通りのない長閑な階段道。

親しいバイク女子さんとこうして並んで歩け、癒される存在に出逢えただけで、私は幸運なのかもしれません。

素直にそう思えました。

バイク聖地での洗礼~後編

次なる目的地は、栃木県那須塩原市にあるライダーズカフェ『BOBBY』さん。

 

広い敷地の駐車場と開放的な店内の空間、そしてボリュームのあるフードメニューが高評価のお店です。

ですが、ライダーズカフェを名乗るように、多くのライダー達が集まるのには、店主さんの人柄も大きく関係しているのだと私は思っていました。

ヨシさんは、私と出逢うずっと前からこのお店の常連さんで、店主さんとはとても親しくお付き合いを続けているようでした。

 

 

私がこのお店に来るのは今回2回目でした。

この日もやはりたくさんのバイクが停まっています。

私達は流れるように駐輪場にバイクを走らせ、空いているスペースに停めます。

「ふぅ。良かった、とりあえず目的地には辿り着けた」

ヘルメットを脱ぎながら私がそう零します。

「そうだね。とりあえず事故とかに遭わなくて良かったよ」

ヨシさんも頷いていました。

 

 

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「美味しい~」

「やっぱり最高だね」

ボリュームのあるハンバーガーに、舌鼓を打ちます。

パン生地も風味豊かで、齧るとジューシーなハンバーグから肉汁が溢れ出ます。挟んであるベーコンも、スーパーで売られているものと違い、ちゃんと燻製の香りが豊かでした。

 

 

「さて、と。帰りはまた同じルートにしようかな?」

ヨシさんがGoogleマップを見ながらルートを調べ始めました。

まだ来たばかりですが、なんせ神奈川まで帰らなければならないのです。そろそろ帰路につかないと、今日中に帰るのは難しくなります。

「帰りも高速メインで走ろう」

「うん、そうだね」

フロントブレーキは使わないよう気を付けなきゃね、と言い合いました。

 

「じゃ、ご馳走様でした」

ヨシさんがカウンター内に挨拶すると、店主が出て来てくれました。

「ありがとうございました。お気を付けてお帰りください」

「はい、気を付けます。なんせ、彼女のバイク、フロントブレーキが利かなくなっちゃってまして」

ヨシさんは笑い話のようにそう言ったのですが、店主は表情を曇らせました。その会話を耳にした、他のお客様も心配そうな顔をして立ち上がります。

「どうかしたのですか?」

店主と、立ち上がって来てくれたその男性客のお二人が、私のセローを見に来てくれました。

 

私達は事情を話します。

「でも、帰りはずっと高速道路なので。フロントブレーキを使う機会もそんなにないと思います。気を付けて帰りますよ」

私が笑いながらそう言っても、お二人は心配そうな表情を崩しません。

 

 

「それは危険ですよ」

店主がそう言い、男性客も頷きました。

「ブレーキオイルがなくなってしまうと、強制的にブレーキがかかり続けてしまうんです」

「えっ」

私は、高速道路を走行中に意図しない急ブレーキがかかって、タイヤがロックしてしまう様を想像しました。

高速走行中での急停止は、自損事故だけで済めば僥倖です。ですがそれは周辺車輌をも巻き込む大事故に繋がる恐れも充分にありました。

事態の深刻さに青ざめていくのが分かります。

帰りの距離も長いのです。高速道路を使わない訳にもいきませんし、その間、ブレーキオイルが一切漏れないという保証はどこにもありません。

そもそも、ブレーキオイルが残りどのくらいなのか、目盛りで確認出来ないくらいに減っていました。

 

「とにかく。このまま帰るのは危険です」

店主が、携帯電話を取り出しどこかに電話を掛けてくれました。行きつけの整備工場らしいのですが、残念ながらそことは連絡がつかないようでした。

 

 

どうしよう、と不安になりました。

なんせここは栃木県。私の自宅から200km近くも離れた場所に来ているのです。

いつもお世話になっているバイク屋さんも、神奈川県内までしか対応には行けないと言われていました。

 

「ブレーキオイルの交換をした事は?」

ふと男性客が、ヨシさんに向けて質問しました。

「ありません」

「ホームセンターに行けば、ブレーキオイルは売っています。とりあえずそれを買って、ここを」

セローのブレーキオイルポットのネジを指差します。

「外して、中に蓋があるのでそれも外して入れてみて下さい」

「そんな…素人がやって大丈夫なものなんですか?」

ヨシさんも不安気な表情をしています。

「空気を入れないようにと、あとなるべく零さないように気を付けながら注げば。とりあえずの応急処置ですが」

店主も言ってくれました。

ブレーキオイルはとにかく錆びやすいので、零れたらよく拭いた方がいいです、と言って一旦店内に入った店主が、新品のパーツクリーナーを差し出してくれました。

「そんな、いただけないです。お幾らですか?」

店主に言うと、

「いいからいいから」

とヨシさんに手渡しました。

 

 

「ありがとうございます。気を付けて帰ります」

「本当にありがとうございます」

私とヨシさんはお二人に何度も頭を下げて、お店を後にしたのでした。

 

 

近くのホームセンターに行き、ブレーキオイルを購入するや、言われた通りにブレーキオイルを注いで貰います。

初めてやる作業にヨシさんも緊張しているようでした。

「よし、とりあえずこれで満タンにはなった」

「うん、ありがとう」

いただいたパーツクリーナーでハンドル周りを拭いているヨシさんにもお礼を言いました。

 

 

帰りの高速道路ではヒヤヒヤしながら走っていました。

見たところ、ブレーキオイルの漏れはなさそうでしたし、メモリをみてもまだたっぷり入っています。

でも怖くて仕方ありませんでした。

 

 

無事自宅に着いた時には、安堵のあまり泣きそうになりました。

 

翌日バイク屋さんに持って行くと、「適当なパーツを取り付けるからですよ!」とキツく叱られ、純正品のジータのハンドガードを購入する流れとなりました。

 

 

あの時。

危険な状況であると進言してくれ、解決方法まで享受してくださった、店主と男性客の方には感謝してもしきれません。

無事に帰宅出来たお礼をお伝えしたかったのですが、私は鍵垢だったので代わりにヨシさんから伝えてもらいました。

 

 

私は、ライダー同士の助け合いの精神はとても美しいものだと思っています。

道端に屈みこみ、セローの汚れ具合を見ていただけで、

「どうかしたんですか? 大丈夫ですか?」

とバイクを寄せてわざわざ話し掛けてくださったライダーさんもいました。

また、ヨシさんとツーリング中、対向車線で往生しているバイクを見掛けると、

「何かあったのかも。ちうさん、Uターンするよ」

「おぉ、了解!」

となった事もあります。

 

 

この出来事をすぐにブログに書かなかったのは、トラブルのせいで気が乗らなかったから、という思いがありました。

ですがこれも素敵な思い出だったと今なら思えます。

 

 

バイクに乗ってはや4年。

これまで無事故でやってこれたのは、多くの方々の助けと優しさに支えられたからでもあるのでしょう。